最後に隠し味を少々
違和感を感じたのは彼が脱いだ衣服からであった。
香水の匂い。
しかも女性物で私とは違う匂いが彼の衣服から私の鼻へと届く。
夫は香水などには興味がない。
だから気付かなかったのかもしれない。
夫は王宮騎士で分団長として務めている。
そんな夫とフローラは五年前に婚姻を結ぶ事となった。
夫との出会いは王宮の医務室。
当時、フローラは医療看護婦として働いていた所に怪我をした夫が運ばれて来た。
怪我が治ってからも度々会いに来る夫。
出会って1年後に告白され、その半年後には婚姻を結ぶ事となった。
夫は偏食で特に野菜を食べようとしない。
夫は騎士だ。
常に体を気遣わなければいけない。
そんな夫が心配なので栄養の為にとスープに隠し味を少々、食事に混ぜていた。
毎朝、毎晩の食事のスープに隠し味を少々。
だけど、ここ最近、任務が忙しくなったようで帰りは遅く夕食も軽く済まされて来る事が多くなった。
毎日、食事をとるのは朝だけとなった。
それでもフローラは隠し味を少々入れ続けた。
そんな彼から女性ものの香水の香りがした。
それも一日だけではない。
彼が夕食を済ませて来た時は必ず、その匂いを着けて帰って来ていた。
誰がどう考えても疑ってしまう。
それでもフローラは彼の為に隠し味を少々入れ続けた。
彼との会話が減った。
朝の朝食も殆ど会話がない。
明らかに夫の態度が変わった。
でもフローラは彼の為に隠し味を少々入れ続けた。
王宮で開かれたパーティー。
隣国との小競り合いが無事に解決し、その功労者として夫とフローラが招待された。
人々と挨拶を交わす。
そこに、あの香水を着けた女性がいた。
聖女ナツミ様。
数ヵ月前、この国に聖女ナツミ様が召喚された。
そんな聖女ナツミ様の香りが夫の衣服に染み着いて帰って来る。
しかも夜遅く夕食も済ませて。
聖女ナツミが召喚された時期と夫の帰りが遅くなった時期が重なる。
フローラにとって信じたくない根拠が次から次へと結びつけられていった。
夫の隣で笑顔で立っている私の目は無意識に聖女ナツミ様を追っていた。
すると、ナツミ様は度々此方を見て来る。
手を振るわれもした。
夫とナツミ様はやはり知り合いのようであった。
「フローラ、ちょっとお手洗いで席を外すけど大丈夫かい?」
「ええ、ですが直ぐに戻って来て下さいね」
「ああ」
夫が席を外す。
夫の同僚と話をしながらも聖女様を目で追うと聖女様も会場から抜けていった。
聖女様が姿を消したのは夫が向かった先。
聖女様もお手洗いかもしれない。
だけど・・・どうしても気になってしまう。
「すみません。私も少々失礼します」
フローラはお手洗いに用はない。
だけど・・・
だけど気になってしまう。
フローラは聖女様の後を追う。
そして見てしまった。
聖女様と夫が抱き合う所を。
心の何処かで気のせいであって欲しい。
次々と結ばれていく根拠はあくまでも根拠であり証拠ではなかった。
だからフローラの勘違いであって欲しいという願いは見事に打ち砕かれた。
夫が浮気をしていた。
しかも相手は聖女。
もし、どちらかを選ぶとすれば聖女様の方。
聖女様を選べば出世も間違いない。
そうなれば捨てられるのは私・・・
そんなフローラに出来るのは・・・
隠し味を少々入れるだけであった。
あのパーティー以降も夫の帰りが遅い日が続く。
寧ろ早く帰ってくる日は殆どなかった。
そして香水の香りも変わらない。
それでもフローラは隠し味を少々入れ続けた。
夕方、ある人物と遭遇した。
あのパーティーで挨拶をした夫の部下と紹介された男性であった。
今日は夫の部隊は非番らしい。
そんな夫は仕事と言って王宮へ出掛けて行った。
夫の部下は気まずそうにしている。
この方も夫の秘密を知っている。
フローラは知らないふりをして男性と別れた。
そしてフローラは隠し味を少々入れ続けた。
夫が体調を崩した。
夜の不摂生のせいかなと夫は笑いながら言う。
夫が夜何を食べて帰って来るのかは知らない。
フローラが知っているのは聖女の香水を着けて帰って来る事だけであった。
それでもフローラは隠し味を少々入れ続けた。
夫が体調を崩した事で今は三食を共にしている。
夜を別の者と食べて帰る事もない。
常にフローラの側にいてくれる夫。
フローラに感謝の言葉を述べる夫。
フローラは喜んで隠し味を入れ続けた。
聖女様が見舞いに来られた。
聖女様の姿を見た夫は目を見開いて驚いていた。
「ブラウン、どうしたの?」
「い、いや、何で聖女様が居られるのかと驚いてしまった」
「酷い、私とブラウンの仲ではないですか。私はブラウンに元気になって欲しくて祝福を届けに来たのです」
聖女様は目に涙を潤せながら夫の手を握り額に当てた。
聖女様とフローラを何度も見て慌てている夫。
解っている。
この部屋で邪魔なのはフローラの方。
この愛し合う二人の世界にはフローラはいらなかった。
フローラは夫の為に聖女様を残して部屋を後にした。
夫がフローラの名を呼ぶ声がしたが聞こえないふりをした。
同情される方が惨めだから。
「奥様・・・」
「いいのよ。そろそろ覚悟を決めなくてはね」
その日以降、聖女様は毎日、夫の手を握る為に訪れた。
聖女様が夫の為に祝福をして下さる。
最初は世間が尊い目で見ていたが、毎日訪れれば世間の目は怪しい目へと変わる。
今や我が家は貴族達が喜ぶ話のネタとなっていた。
それでもフローラは隠し味を少々入れ続けた。
「奥様・・・それは・・・」
フローラの部屋に訪れた使用人がフローラの荷物が纏められていた事に気付く。
「私も覚悟を決めなくてはね。もしもの時は夫の事は頼むわね」
「奥様・・・」
フローラは捨てられる覚悟は出来た。
夫が聖女と共に過ごしたいと言うならば望みを叶えて上げよう。
それまではとフローラは隠し味を少々入れ続けた。
夫の体調が回復しない。
それどころか夫の逞しかった体は痩せ細っていった。
聖女様の祝福とやらも効かないようであった。
そうなると聖女様が訪れる頻度が少なくなり、今は最後に聖女様が訪れてから二月ほど経った。
どうやら夫は聖女様に捨てられたらしい。
夫はうわ言のように「すまない」と呟く。
その言葉が誰に告げられているのか解らない。
フローラになのか、聖女様になのか。
解るのは夫のうわ言を聞いても感情が動く事なく寝た切りの夫を見下ろしているフローラであった。
それでもフローラは夫の為に隠し味を少々入れ続けた。
夫の同僚が見舞いに来られた。
部屋で怒鳴り声が聞こえる。
勢い良く夫の部屋のドアが叩き閉められる音がした。
夫の同僚はフローラの事を睨み帰られた。
フローラは知っている。
世間の噂を。
世間では夫と聖女様の純愛。
そして、それを邪魔する悪女のフローラ。
妻がフローラで浮気相手が聖女様なのに何故かフローラが悪者として扱われていた。
そして世間は疑う。
夫の体調を。
フローラが何かしているのではないかと。
それでもフローラは隠し味を少々入れ続けた。
夫が亡くなる。
お葬式には聖女様も来られた。
「貴女がブラウンを殺したのよ、この人殺し!ブラウンを、ブラウンを返して!」
泣き叫ぶ聖女様。
涙を流さず彼女に叩かれた頬を触るフローラ。
世間の正義と悪は確定した。
夫が夜遅く女性ものの香水を着けて帰って来た時に泣き続けた事で涙が荒れ果てた事を知らない人達が決め付ける。
もうフローラが彼に隠さし味を入れ続ける事は出来なくなった。
後片付けをするフローラ。
「奥様・・・」
使用人が申し訳なさそうに訪ねて来た。
「どうしたの?」
「憲兵の方が奥様にお話があるそうです」
「そう、今行くわ」
フローラは悪者。
聖女様の正義の為に世間は動く。
誰もフローラの気持ちなど解らない。
「どうされましたか?」
「ブラウン殿の死因に不審な点が御座いまして少々調べさせて頂きたい」
「好きにして下さい」
彼等は屋敷内を調査と言って散らかしていく。
折角纏めたフローラの荷物も同じように散らかされた。
「こちらは?」
「それは夫の為にスープに入れていたものです」
「そうですか・・・こちらが・・・」
フローラは夫の為の隠し味を彼等に渡した。
邸内を細かく掻き回す彼等。
彼等は聖女様を正義とするために捏造をする事も出来る。
だけど、もうどうでもいい。
もうフローラが夫の為に隠し味を少々入れる事が出来なくなったのだから。
~ ブラウン ~
「団長、またですか?」
「ああ、仕事だから仕方がないが迷惑この上ない」
この国に聖女様が召喚された。
王家の者は聖女様の機嫌をとる事に一生懸命であった。
そんな聖女様のため、何処で見られたのか解らないが、聖女様が私の事を気にいったらしく新しい任務が命じられた。
聖女様が夕食一人では寂しいと気に入った異性数名とローテーションで食事をする事になった。
香水が漂う部屋で私以外に選ばれた男性数名と食事をする事になったのだが、正直いって香水がキツすぎてどんな高級な料理も美味しく感じる事はなかった。
フローラの料理が恋しい。
聖女に選ばれた男性陣は日が経つ毎にリタイアする者が出てきた。
あの香水の中での食事だ。
体調を崩したとしてもおかしくない。
それに妻帯者や婚約者から反対され辞退する者もいた。
一人、また一人とリタイアが増える事によって夕食の頻度が増して来た。
今やフローラの料理は朝食でしか食べられない。
王宮で行われたパーティーで事件が起きた。
聖女様が私に抱き付いて来たのだ。
「聖女様、お止めください。私には愛する妻がおります」
しかし、それ以降、聖女様の執着が激しくなった。
何か良からぬ事が起きそうであった。
妻に・・・
フローラに聖女様の悪意が行かないようにしなくては・・・
そして私は体調を崩した。
体調を崩した事で私も聖女様のお気に入りリストから外れる事が出来た。
漸く、漸く私も解放される。
やっと、フローラと過ごす事が出来る。
しかし何処かおかしい。
フローラは変わらず私に笑顔を見せてくれていた。
しかし、その笑顔に違和感を感じる。
何処か・・・
何処か壁を感じる。
その壁が明らかになったのは、皮肉にも聖女様が見舞いに来てからだ。
聖女様が見舞いに訪れた事に驚きフローラに誤解を与えるのではと慌てている私を見ていたフローラの目には感情がなかった。
驚きも嫉妬も何も感じない。
私は理解した。
フローラは私の事を諦めたのだ。
遅く帰る私にフローラが気付くような何かがあったのかもしれない。
もしかしたら、あのパーティーの時、フローラに見られていたのかもしれない。
私は今更になって後悔した。
もっと早く・・・
もっと早く辞退していれば・・・
皆と同じ私も妻帯者なのだから。
いやそれ以上に新婚だったのだ。
任務の内容はあまりにも理不尽な内容であった。
断ろうと思えば断る事だって出来た。
いや、途中でリタイアする者が現れた時に私も止めるべきだったのだ。
そうすれば、妻の愛を失う事はなかったのかもしれない。
聖女様は毎日、私の見舞いに訪れるようになった。
もう妻は無関心であった。
使用人から妻がこの邸から出ていく準備をしている事を告げられる。
フローラの覚悟を知ってしまった。
もうフローラの愛を取り戻せないのだろう。
私の失意のなか聖女様は変わらず訪れた。
私の体調は回復する事がなかった。
聖女様が祝福と祈られる度に体調が悪くなる気がした。
聖女様が最後に訪れた日、聖女様が私に囁く。
「こんなに長生きしたのは貴方だけよ」
次の日、聖女様が訪れる事はなかった。
そして理解した。
私は死ぬ事を。
私の部下が報せに来た。
私と同様に聖女とのディナーリストからリタイアした者達が次々と亡くなっていた事を。
今、王家の影が動いていると言う。
私は聖女様が最後に訪れた日におそらくだが最後の仕上げが終わったのだろう。
「ブラウン様、貴方はまだ生きております。まだ間に合うかもしれません。今すぐ治療を行いましょう!」
「いい・・・」
「どうしてですか?」
「もう・・・フローラは・・・私の・・・事を・・・愛して・・・くれない・・・」
「そんな!ブラウン様は間違った事をしてないではないですか!フローラ様だって誤解だと解って頂きます!」
「いや・・・誤解が・・・解ければ・・・フローラが・・・悲しむ・・・ならば・・・」
ならば、このまま死を迎えた方がフローラは悲しまないのでは・・・
しかし私の言葉に部下には理解を得られなかったようで部下は怒りを露にして帰っていった。
もう私は死ぬ。
すまない・・・
すまないフローラ。
私が君に疑われたまま死ぬ事を許してくれ。
私は・・・
君が悲しむ顔を見たくない。
私が仕事を理由にどれだけ君を悲しませてきたにも関わらずムシが良い話だ。
私の我が儘を許してくれ。
その代わり私も諦める事にしたよ。
君の笑顔を見る事を。
~ 聖女ナツミ ~
私には彼氏がいた。
結婚まで秒読みと言われていた。
しかし、そんな私が医院長と不倫をしていた事が彼氏にバレてしまった。
それから一月ほど経つが彼氏と会う事がなくなった。
だけど、彼なら解ってくれるはず。
医院長と寝たのもお金のため。
彼との結婚生活を考えての事。
だから彼なら解ってくれるはず。
久し振りに彼からメールが届いた。
会って話したい事があると。
やっと彼は理解してくれた。
許してくれたのだ。
話したい事とはプロポーズに違いない。
私は足早に待ち合わせの場所へと向かった。
だが、私は彼と出会う事が出来なかった。
玄関を出たあと突然と光る足元。
次第に光に包まれたかと思ったら知らない部屋にいた。
私の足元には七色に光る宝石のような石が転がっていた。
石を拾い見とれていた瞬間、周辺の騒ぎによって私は願いを込めながら宝石に握り締めた。
聖女様?
何の事だか解らない。
それよりもココは何処なのか教えて欲しい。
早く待ち合わせの場所へ行かないと・・・
異世界?
帰る事は出来ない?
それじゃ、彼とはもう会えないの?
折角、連絡が来たのに?
隣国との争いを救って欲しい?
市井の悩みを救って欲しい?
私にとってそんな事はどうでもいい。
私の幸せを奪っておいて、何故私が彼等に幸せを与えねばならないのか。
だから私は誓う。
七色に光る石に願いを誓う。
彼等に復讐を。
私の聖女としての力は薬の精製。
どんな病も治せる能力であった。
愚かな者達が喜ぶ。
どんな薬も精製出来ると言う事は毒薬も精製出来ると言う事を知らずに。
私の小さな復讐。
皆が羨む夫や婚約男性をリストアップし帰る時間を遅らせた。
私の香水と言う匂いをプレゼントとして持ち帰らせて。
夫婦仲など壊れてしまえばいい。
婚約など破棄されてしまえばいい。
私の悪意を断る者が出てきた。
妻に反対されたから、婚約者に反対されたから。
はぁ!?
私は彼氏と会おうという時に無理矢理こちらの世界に喚ばれた。
私は幸せを奪われたのだ。
ならばお前達の幸せを優先するなど許さない。
だから私はお別れの乾杯としょうし、隠し味を少々混入させた。
ちょっとした体調不良となる程度の悪意を添えて。
体調不良となれば簡単だ。
お見舞いと言って更に悪意ある隠し味を少々混入させるだけ。
私を置いて幸せになるものなど許さない。
ブラウンと言う男は特別であった。
あの男は何処となく彼に似ていたから。
私のものになって欲しい。
私だけを見て欲しい。
なのにブラウンは私の事を見ようとしなかった。
ブラウンの心はいつもあの女の元にあった。
赦せない。
だから私はブラウンにも悪意ある隠し味を少々混入させた。
漸くブラウンが体調を崩す。
他の皆は簡単に私の隠し味で寝込むのにブラウンが体調を崩さなかった。
隠し味の量を倍に増やし漸くブラウンは体調を崩してくれた。
だけど私はブラウンを殺さない。
私の隠し味で寝込むブラウンをあの女に面倒を見させてあげなくては。
そして理解させる。
己の愛が役立たずだと言う事を
そして、見舞いに訪れた私が彼を回復してあげれば皆が思う。
聖女の愛こそ真実だと。
それまでは・・・実が熟すまでが待ち遠しい。
実が熟し頃と思いブラウンの邸に見舞いに伺う。
あの女は私が求める顔をしている。
ああ、この二人にもはや愛はなくなった。
残るのは私の愛だけ。
さあ、ブラウン、私の愛を受けって。
高揚感に酔いしれいる私の視界に飲み干されたスープの皿が置かれていた。
「こちらは?」
「奥様が作られた旦那様専用のスープです」
あの女が?
何か違和感を感じる・・・
スープに残る液体を人差し指で一掬いして舐めてみた。
元専門家としての知識か聖女としての能力か解らない。
だが、このスープに隠されているものがなにか気付かされた。
ブラウンと何度も夜食を交わしているから私は解る。
ブラウンは極度の偏食家で野菜というものを一切食べていなかった。
不思議に思っていたが、その答えがこのスープであった。
そして気付かされる。
このような状態となってもこのスープを夫に出し続けるあの女の愛を
二人の愛はまだ切れていない、細いながらも繋がっていて、それは頑丈で如何に細くても引きちぎる事は難しいと思い知らされた。
面白くない。
私の思い通りにならないなんて面白くない。」
ブラウンが私のものにならないならブラウンも他の男と同じで粛清してあげなくては。
だから私は再び強めの悪意を込めて隠し味を少々混入させた。
ブラウンが亡くなったと知らせが届く。
ブラウンの葬儀。
私はあの女に伝えてあげた。
人殺しと。
嘘はついていない。
この女がいなければブラウンが死ぬことはなかった。
この女のスープがなければ私はブラウンにトドメの隠し味を与える事はなかった。
だからブラウンが死んだのはあの女のせい。
「聖女ナツミ!連続毒殺の罪により連行する」
多くの騎士が私の事を取り囲む。
多くの仲間が殺されたせいか物凄い顔で睨みつけている。
数々の証拠が見つかった?
馬鹿馬鹿しい。
見つかったのではない。
残していたのだ。
それを今頃になって気付くなんて無能な者共。
お前らが無能だからブラウンが死んでしまった。
召喚されてからお姫様の様な部屋から漸く私らしい部屋へと移された。
王宮地下深くの牢屋に。
「ねえ、最後にフローラ様とお話ししたいのだけど読んで貰えないかしら?」
私は牢屋番にお願いをする。
あの女に伝えなくてはいけない事があるから。
『お前の隠し味のせいでブラウンは死ぬ事になった』
こう告げられたらあの女はどう思うだろうか・・・
あの女の歪む顔・・・砕かれ散る心の音・・・
想像しただけでも興奮してしまう。
しかし、私の願いが叶えられる事なく私は久しぶりに太陽の光を浴びる。
公開処刑という場に向かうために。
死へと向かう私は彼の事を思い出していた。
久しぶりに会おうと連絡をくれた彼。
彼は私に何を伝えようとしていたのだろうか。
~ フローラ ~
「聖女様が私に?」
「はい。最後の嘆願としてフローラ様にお会いしたいそうです」
王宮の使いが喪服に包まれている私に聖女の願いを伝えに来ていた。
その行動があまりにも可笑しくつい『ふっ』と、声を出して笑ってしまった。
理由もなく笑われた使いの方が不機嫌な顔をしている。
「ごめんなさいね。あまりにも可笑しかったものですから」
「何がです?」
「だって、夫を殺された私が犯人である聖女の最後の願いを叶えなけれがならないのです?」
「しかし・・・」
「私の願いとしまて『ブラウンを生き返して欲しい』を叶えて貰えるのかしら?」
「・・・無理です」
「でしたら、あちらの願いを叶える必要もないかと思うのですが違いますか?」
使いの者は何も言えず帰っていった。
彼らは何を考えているのか解らない。
もし私が聖女に会いたいならば私の方から懇願する。
それをしないと言う事は会いたくないと言う事なのに聖女が会いたいと言ったから何故私が会いに行くと思ったのだろうか。
おそらく、彼らの頭の中では私=悪女のままなのでしょう。
月日が流れ聖女が処刑された。
聖女は処刑の場でも事件を起こした。
勝手に召喚した事による恨みつらみを吐き続ける聖女にどこから現れたか解らない大蛇が絡みつき、ぐるぐるに聖女の体を締め付けたかと思うと頭から一思いに飲み込まれてしまったという。
異様な光景に皆が呆然としているなか、大蛇はスルスルと姿を消したという。
今の私にとってはどうでもいい話。
夫が戻ってくる訳ではないのだから。
今の私は王宮の医療看護婦として復職していた。
「フローラさん憲兵の方がお見えになっております」
見覚えのある男性が仕事をしている私の元に訪れた。
彼は邸の家宅捜査をした人達の一人。
「フローラ嬢、お預かりしていた物をお返しにきました」
家宅捜査の時に持ち出された品々。
そして憲兵の手には一つの瓶が握られていた。
「こちらの成分を専門家に調べて貰ったところ見事な栄養バランスだと褒めておりました。国王陛下が是非多くの者に作って貰えないかと言っておられる程です」
「そうですか。それでは陛下にお伝えして頂きたいのですが?」
「どのようにですか?」
「私が作りたいと思われる方はもうこの世におりませんので、私がこれを作る事はもうありませんと」
「・・・解りました」
戻ってきた瓶の中身を窓を開け捨てる。
私がスープに隠し味を少々入れる事はもうないのだから。
ご愛読ありがとうございます。
フローラが夫の浮気を疑い隠し味に毒を入れているのかと思えば犯人は聖女でした。
上手く騙せましたでしょうか。
※これは【嫉妬】を題材に書いた作品です。




