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BH・カメラ

作者: 西順

 最近、中古品店にハマっている。意外な掘り出し物と巡り合えるのが楽しいのだ。新古品は当然で、奥さんが旦那に黙って勝手に売ったのだろう希少なプラモデルとか、AVの録画されたビデオテープとか、東南アジアのヤバそうな人形とか、誰が買うのか、誰が売るのか、分からないものが雑然と並んでいる。まあ、そんな怪しい品を買うのは俺なんだけど。


 店主とも既に顔馴染みとなり、変なものは率先して俺に売り付けてくる。他に買い手がいないのだろう。他の客は、普通にブランドもののバッグとか食器とか、家電にしても型落ちしたもの、その辺りを買うらしい。


「じゃん!」


 そんな上客の俺に、レジカウンターで店主が見せてきたのは、カメラだった。見た目はチャチだ。しかも今や出回っていないフィルムカメラだった。


「何です? それ?」


「えーと、BH・カメラと言う品物らしい」


「らしい、って」


「いやあ、俺は現代の平賀源内だ! とか豪語する客が売り付けてきたんよ。研究の為に金を費やして首が回らなくなったらしい。ボロボロの格好していたから、安く買い叩いてやったんだ」


 最低か? この店主。


「じゃあそれは、その平賀源内(笑)さんの発明品なんですか?」


「みたいだね。何でも凄い技術を使って作ったとか何とか?」


「ぼんやりしていますね?」


「一緒に説明書もくれたから、読めば分かるんじゃないかな?」


 説明書読んでないものを客に売ろうとするなよ。などと思いながら、俺は店主から渡された説明書に目を通す。何々?


「ブラックホールカメラ? これはマイクロブラックホールを使い、宇宙をより鮮明に写し出すカメラです?」


 胡散臭過ぎるだろ? ブラックホールのレンズ効果で、ブラックホールの裏側にある恒星の光が歪曲して地球まで届き、宇宙望遠鏡などで観測された。なんて話は聞いた事があるが、「マイクロブラックホールを使い」とか、いやいや、まだマイクロブラックホールの実用化どころか、マイクロブラックホールを安定的に作る事自体、成功してないから。


 んで? ブラックホールの光さえ吸収する性質を使い、より遠く、より沢山の光を写し出す事に成功。これにより、これまで未知とされていた原初宇宙や、光速より先にある銀河などの観測を可能としました。か。


「どうだい? 今なら一万円で譲ろう!」


 嬉々としている店主。一万で売って利益が出る値段で買ったのか。多分、これを見た時、俺なら買うだろうと皮算用で購入したのだろう。


「でもなあ……」


 俺からしても胡散臭過ぎて、流石に食指が動かない。


「仕方ない! 今ならお得な50%引きだ!」


 その自称平賀源内(笑)さんから、一体幾らで買ったのか気になってきた。と言うより可哀想になってきたな。とは言え、別の中古品店へ行ったところで、買っても貰えなかっただろう事は分かる。


「五千円なら、まあ」


 可哀想な平賀源内(笑)さんに、この五千円は渡らないが、せめてもの供養として、俺はこのカメラを引き取る事とした。


 その日のうちにカメラ馬鹿の友人からフィルムを手に入れ、久々に山奥へとドライブし、俺は降り注ぎそうな星空の下で、望遠鏡にこのカメラを取り付け、フィルム一本分、24枚を撮影してみたのだった。そう考えると、案外俺もノリノリだったな。


 現像なんて出来ないので、そのカメラ馬鹿の友人に、撮り終えたフィルムを渡して数日。友人から連絡が来たので、彼の下へと足を運んだ。


「凄いな、そのカメラ」


 友人の第一声はそれだった。そしてテーブルに広げられた写真は、俺も驚く代物だった。そこには色鮮やかな宇宙の姿が写し出されていたからだ。銀河に銀河群、銀河団、超銀河団など、目がチカチカする程数多の星がそこには写し撮られていた。ただ、このカメラの性質なのか、どの写真も、魚眼レンズを使ったかのように歪んでいたが。多分ブラックホールのレンズ効果が作用したと推察された。


「うう〜む。説明書に偽りなし、か?」


「地上から撮影して、これだけの星を収めるのはほぼ不可能だからね。凄いカメラである事は確かかな」


 友人はカメラ馬鹿なので、当然星空の写真なども撮影したりしているが、最新のカメラで撮影した写真よりも、星の数は圧倒的に多いらしい。そして、


「それよりもヤバいのはコッチかな」


 言って友人が渡してきたのは、白黒の写真だった。そこにも星々が写し出されているが、BH・カメラで撮影したものとはどこか違う。いや、魚眼レンズのように歪んでいるので、これも俺が撮影した写真なのか? でも他の写真とは明らかに違う。白黒反転しており、星の数はこちらのほうが更に多いくらいだ。


「何これ?」


 良く分からないので、素直に友人に尋ねた。


「フィルムの現像って、幾つかの段階を経て、その綺麗な写真になるんだけど、始めはフィルムに光暗反転したネガフィルムとして刻まれるんだ。普通はその段階だと、光の当たっていない部分は白飛びしているんだけど、そのカメラには、光暗を反転させた時には写っていない、真っ暗な宇宙空間のはずの場所に、これだけの星々が刻まれていた」


「それって……」


 友人は俺の予想を先読みして頷く。


「多分、暗黒物質で作られた恒星や銀河だろうね」


 マジかよ。暗黒物質の観測はまだ未知の領域だ。我々を形作る物質とはその性質を反対とするとも言われる反物質て出来ているとの噂もある暗黒物質。それがこんなチャチなカメラで撮影出来てしまったとか、理解の外だ。


「とは言え、これを暗黒物質を観測した証明として世間に公表しても、オカルトの類だと一笑に付されるだけだろうけど」


 友人の言葉に俺は頷く。こんなチャチなカメラが、マイクロブラックホールを使って暗黒物質の撮影をしてみせたとか言われても、誰も信じないだろう。しかし現実とは何とも異なものなのだ。


「はあ……。全く、あの中古品店にこれを売り付けた平賀源内(笑)さんは、今頃何をしておるのやら。こんな事を可能にするなら、ノーベル賞だって夢じゃないのに」


「同感だ。どこぞで野垂れ死んでいない事を祈るしかないな」


 本当に野垂れ死んでいそうなんだよなあ。


「取り敢えず、俺は中古品店の店主に、次に平賀源内(笑)さんが現れたら、俺にすぐ連絡してくれるように頼んでおくよ。この才能を埋もれさせる訳にはいかないからね」


 言いながら、俺は友人の為に用意された大学の研究室を後にして、赤門を通ってあの中古品店へと出向くのだった。


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