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プロローグ

 突然、鼓膜に飛び込んできた嫌な音。

 瞬時に全身が粟立ち、初木崇志はつき たかしは思わず足を止めた。


 影の多いビルとビルの狭間の空間が目の前に広がる。

 ビールケースや、折りたたまれたダンボールが積まれた雑然とした路地裏。


―悲鳴だ


 繁華街に面した表通りとは打って変わって、静かで、居心地がよく、そのため初木はよく裏通りを好んで歩く。今日もいつも通り、初夏の日差しをさけるためにその道を選び、 その路地裏への角を曲がった時…その音は聞こえたのだった。

 直感的に、それが女の悲鳴と男の叫び声だと理解し、周囲に視線を配る。


―上から?


 夏本番を迎える直前の強い日差しが建物の隙間を縫って降り注いでいる。

 眩しくて目を細めながら、視線を向けた時に、何か黒いものが横切った気がした。

 ひらひらと…目の前に舞い落ちる複数の、もの


―金?


 と、思ったその瞬間。


 大きな……とても大きな嫌な音がした。瞬時に、全身に鳥肌がたつ。

 慌てて、音のしたほうに視線を戻す。


―おい…


 先ほどまで何もなかった数メートル先の空間に…


いた。


―人形か?


 最初はそう思った。

 壊れたマネキンでも落ちてきたのかと…

 2体ある。

 男と……女…が


―まさか……な……


 自分の目を疑う。


 これは夢か?

 あれは…なんだ?目の前のあれは……


 凍りつく足。

 妙に生々しく赤いもの広がっていく。一面に…

 気づけば足元まで、飛び散っていた。

 その上にひらひらと舞い落ちてくる、紙幣…

 それが、見る見るうちに赤く染まっていく…


―これは現実…か?


 全身から冷や汗が出た。


―イッタイコレハ


「う……」


 うめき声が……聞えた。

 その音で我に返る。


 人間だ。人だ!

 しかも

 1人はまだ息がある!!


「お、おいっ!!」


 慌てて駆け寄った。

 うめいているのは、女のほう。

 男のほうは、見た目で分かる。もうダメだった。

 女は仰向けになっていた体を動かそうとしていた。


「おいっ!大丈夫かっ」


 声が裏返る。

 動いている女の体を支える。


 その手に… 生あたたかいものを感じた。

 その嫌な感触を敢えて無視して、女を助け起こした。

 淡いベージュの清潔そうなスーツ姿……若い女だった。

 女はきれいな顔をしていた……が。その表情は苦痛に満ちていた。


「おい!」

「……がい」


―え?


 口を動かしている。息をしたくてもできないでいるように、大きくあえいでいた。


「しっかりするんだっ」

「おね……がい。つた……て」

「しゃべったらだめだ!今すぐ救急車を……」


 ポケットのスマホを取り出そうとするその手を彼女がつかんだ。

 もの凄い力で…


「おねがい…なつめに…」

「え?」


―伝えて…


 彼女の口がそう言っていた。

 声にならない声。


 その瞳から涙が流れ落ちる。


「わかった。なんだ?何を伝えればいい?」


 彼女は必死に口を動かす。

 もう声が聞えない。

 その口元に耳を近づけた。


―なつめに、伝えて。生きて…生き抜いて。お願い。と……


 彼女はそう言った。

 意味はわからない……が。

 彼女の視線が朦朧となる。

 もう助からない。それは経験からすぐにわかった。

 この手についた血の量は尋常じゃない。…もうダメだ。


 まだ彼女は口を動かす。

 吐息だけのつぶやきを初木は聞いた。


―なつめ…ごめん……ごめん……ね


 そう言った。つかんだ腕に力が入るのを感じる。


「わかった。伝える」


 しっかりと彼女を見て、そう言った。

 彼女の耳にそれが届いたのか…

 その目にはもう……力がなかった。

 視線をこちらに向けてはいるが、もう見ていない。もう見えていない。

 その瞳から流れ落ち続ける涙。


「しっかりしろっ!」


 彼女はもう無反応だった。

 掴まれていた手が力なく落ちる。


「おい…」


―あ…い…してる……な…つ…め


 そう口が動いたのを見た。

 そのまま彼女は動かない。


 そして、一瞬ぴくりと彼女の体が跳ね上がり……


 そのまま


 呼吸が…止まった。


 腕に一気に感じる重みがすべてを物語る。


 彼女は降り注ぐ日の光に見つめたまま…

 もう動かない。


 その瞳には、もう何も映っていなかった。

 涙の跡が……胸を締め付ける。


―ああ…


 静かにその体を横たえた。


―なんてことだ。


 見開いたままの彼女の目を、そっと閉じてやる。


「はああ…」


 ため息と共に、顔をあげた。

 視界に入る初夏の青い空。と、ともにビルの屋上が見える。


 10階以上はあるだろう。


―あそこから落ちたのか……?あんなところから……


「?」


 その屋上に何か動くものが見えた。気がした。


―誰かいるのか?!


 しっかりと目を凝らすが……もう何もいない。気配もない。


―気のせいか?


 視線を戻す。そこにある現実…


―えらいことになった。


 …死体が二体。

 元警察官という職業柄、慣れているとはいえ…やはり衝撃が強すぎる。


「また…夢にしばらく触れないな…」


 ため息とともにそう呟きながら、脳裏に浮かんだ10歳になる孫娘を思い浮かべる。


ー怯えさせるわけには、いかないから…な


 もう一度深く息を吐いて、初木はスマホのボタンを押した。

警察組織や法律、軍隊等の描写もありますが、あくまでもフィクションです。実際のものとはかけ離れております。その点を予めご承知おきください。

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