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#007 依代達


 

 鳥居の言葉と何者かの気配に、幸裂の身体が考えるより早く反応する。

 

 咄嗟に身を屈め背後に視線を飛ばすが、そこには明かりの消えた廊下の暗がりが広がるばかりだった。

 

「消えた……?」

 

 そう思って状態を起こし、あたりを確認しようと首を回す。

 

 その時、頭上から声がした。

 

「こっちこっち……」

 

「くっ……」

 

 距離を取る前に、男の両手が幸裂の頭を鷲掴みにした。

 

 ぞくり……と幸裂の体内に悪寒が走る。

 

「まずい……」

 

 兎に角その手を逃れようと、少年は藻掻いたが、男の手はビクともしなかった。

 

「おい……その手を放せ……! わからないのか⁉」

 

「敵に向かってそんな悠長な台詞よう吐けるなあ? キンチョー感足りてへんのちゃう?」

 

「何を言ってる⁉ あんた死ぬぞ(・・・・・・)⁉」

 

「へ?」

 

 この時ようやく上を見上げた幸裂の目に、唐草模様の小さな外套(マント)を羽織り、カンカン帽を被った男の姿が映りこんだ。

 

 どういう理屈かはわからないが、男は天井に二本の足で立っている。

 

 男もこの時、ようやく幸裂の鬼気迫る表情に気付いたらしく、ごくりと唾を呑み込んだその瞬間だった。

 

「逃げろぉおおお……!」

 

 誰かの大声が響き、天井が陥落した。

 

 ちょうど男が足を付けているところを中心に半径5メートルほどが崩れ落ちる。

 

 砂埃が収まると、瓦礫の山の中で必死に男を掘り出そうとしてコンクリートの塊をどかす幸裂の姿が浮かび上がった。

 

「幸裂。無駄だやめておけ」

 

 背後から鳥居の声が響く。

 

 しかし幸裂は自分の手が傷だらけになるのもお構いなしで瓦礫をどかし続けた。

 

「まだ間に合うかもしれない……! くそ……なんでこんなことに……俺の呪いがわからなったのか⁉」

 

「わかるわけないやろ」

 

「でも、鳥居さんは気づいていた……」

 

「あの人は別格やわ。それにわしそういう要員ちゃうねん」

 

「わし?」

 

「わし」

 

 幸裂が顔を上げると、そこにはやはり無傷の男が立っており、カンカン帽で服についた埃を払っていた。

 

 幸裂は思わず叫び声をあげて後退すると、男を指さして尚も叫んだ。

 

「あ、あんた、無事なのか⁉」

 

「指さすな! 失礼なやっちゃな。この通りピンピンしとるわ。それよりお前の手の方がボロボロやんけ」

 

 血の滲んだ指を見て、男はため息をついた。

 

 それから幸裂の前に座り込んで頭を下げる。

 

「悪かったなあ。ちょっと和ましたろ思ったんけど、逆効果やったみたいや。堪忍してくれ。わしは渥美清史郎(あつみせいしろう)歳は今年で29や!」

 

 突然の謝罪に戸惑いつつ、幸裂も釣られるように頭を下げた。

 

「あ、いや……俺の方こそ……大変なことになってしまって申し訳ないです……俺は幸崎仰生といいます。18歳です」

 

 そう言って顔を上げると、幸裂の目に鳥居の方に近づいていく女の姿が映った。

 

 ダボダボのパーカーにショートパンツを、キャップを被ったその女の年齢は少年よりも少しだけ上に見える。

 

 幸裂がそちらに視線をやると鳥居の横に立った女が、顔を引き攣らせて二人を———正確には幸裂を見据えていた。

 

 幸裂と目が合うなり、女は慌てて視線を逸らし渥美に向かって口を開く。

 

「あんた馬鹿なの……? こんなヤバいのに触りにいくとか正気じゃないでしょ……? そのまま瓦礫に埋まっとけばよかったのに」

 

 どうやらこの女にも、自分の呪いが見えているらしいと幸裂は思う。

 

純子(じゅんこ)ちゃんキッツう。しゃあないやろ? 感知能力ゼロの鈍感男やねんから」

 

 純子と呼ばれた女はゴミムシでも見るような冷たい目で渥美を睨みつけると、鳥居の方に振り返って言った。

 

「鳥居さん。こいつマジで大丈夫なわけ? 味方の呪いで死ぬのとかマジで御免なんだけど?」

 

「問題ない。渥美が馬鹿をしなければ暴発したりはしない」

 

「それがイチバン信用できないんですけど?」

 

 その時、幸裂は別の視線と悪寒を感じ、廊下の奥に目をやった。

 

 暗がりに目を凝らすと、眼鏡をかけた少女がドアの陰に身を隠しながら、怯えた顔でこちらを見つめている。

 

 女もそれに気づいたらしく、少女の方を見てため息をついてつぶやいた。

 

奈々(なな)もめっちゃ怯えてんじゃん……こんなのとチーム組むとかマジで最悪……」

 

 おそらく依代と思われるこの女から見ても、自分の呪いは忌むべきものらしいというのが分かるその言葉で、幸裂は胃がずっしりと重くなるのを感じる。

 

 それでも少年はそのことを顔には出さず、鳥居の方に向かって顔を上げた。

 

「鳥居さん、これはどうなってるんだ?」

 

「ああ……順序も予定も台無しになったが、こいつらが今日から一緒に行動する依代達だ。七倉、お前もこっちに来い」

 

 鳥居に呼ばれて暗がりからおずおずと眼鏡をかけた少女が姿を現した。

 

 幸裂の前だけ速足で駆け抜け、あわてて女の後ろに回り込んで会釈する。

 

「紹介する。新しく加わる幸裂仰生だ。口の悪い帽子が稲川順子(いながわじゅんこ)。眼鏡の小さいのが七倉奈々(ななくらなな)。そっちの渥美清史郎は馬鹿だ」

 

「鳥居さん! 逆逆! 『そっちの馬鹿は渥美清史郎だ』やで⁉」

 

 鳥居は渥美の言葉を無視して幸裂に一枚の書類を差し出した。

 

 「手続きを済ませてこい。お前を迎えにいった時点で話は通っている。それが済んだらさっそく任務にかかるぞ」


ネトコン13参加作品です。

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