#006 宮内庁
【東京都千代田区霞が関】
立ち並ぶビルと無機質な人の気配は、秘境の山奥とは異質な呪いを醸していた。
成功者特有の影の無い表情と、完璧な着こなし、立ち振る舞い。
命とは正反対に感じられる均一化された波動に当てられたのか幸裂は憂鬱な表情を浮かべていた。
虎ノ門から歩いて国会議事堂に向かうのかと思われたが、鳥居はそのまま赤レンガ造りの中央庁舎6号館を素通りし、堀に掛けられた橋を渡って桜田門に向かう。
「まさか皇居に入る日がくるとは思わなかったよ」
幸裂はそうつぶやきながら桜田門をくぐりあたりを見渡す。
その時僅かな違和感を覚えたが、答えに気付くより先に鳥居が抑揚のない声で返事をした。
「野良組がいきなり皇居に入れるわけないだろう。今から行くのは宮内庁だ。そこで正式に依代になる手続きを踏む」
「依代は国主が任命するんじゃないのか?」
「国主が会って直接任命する必要は無い。国主はこの代理戦争の最重要人物だ。おいそれと人前に顔を出すわけにもいくまい……着いたぞ。ここが宮内庁だ」
石造りの四角い外観と、左右対称の窓や装飾。
その建物は歴史を感じさせるとともに、呪物特有の息が詰まるような静けさを漂わせていた。
「この建物……」
「ああ。強力な結界が張ってある」
先ほどの違和感の正体に気が付き、幸裂は改めてあたりを見渡した。
やはり護衛らしい人物がほとんどいない。
どうやら本当に兵器の利用は想定されていないらしい。
人間相手のセキュリティーは国会や国立公園に設置された守衛小屋程度で、国主の護衛としてはあまりにも頼りなかった。
代わりに張られた結界からは異次元の気配が感じ取れる。
自分の身に巣食う呪いでさえも封じられるのではないかと思い、幸裂の額に思わず汗が伝った。
「まさかこの国にこんな結界を張れる人間がいるなんて……」
「言っただろ。自分の呪いに自惚れるなと……だが、おそらくこの結界を張った人物でも、私たちの呪いを封じることは出来ないだろう」
「どうして分かるんだ?」
「簡単なことだ……」
鳥居は面倒くさそうなため息交じりに入口の方まで進むと、二本の指で扉に触れて小さく唇を動かした。
その瞬間、建物を覆っていた気配が入口の分だけぽっかりと口を開けて、外部の空気を吸い込む「こぉぉぉ……」という音が響き渡る。
その光景を目の当たりにし、幸裂は鳥居を見つめて驚愕の表情を浮かべる。
そんな幸裂の方を振り返り、忌々し気に鳥居は言い放った。
「私が結界を張った本人だからだ。お前の呪いは私の手に負えない。自分の呪いでさえも……さっさとついてこい」
中に入ると、すぐさま鳥居は結界を閉じてしまった。
見えないフィルターが再び入り口を覆い、幸裂は退路を断たれたことを悟りわずかに緊張する。
「心配するな。閉じ込めたのは何もお前のためだけじゃない」
「なんでもお見通しなんだな……鳥居さんは」
汗を拭って幸裂が言うと、またしても鳥居は面倒くさそうにため息をついて言った。
「《《どいつもこいつも》》似たような反応をするからな……先に言っておく。気を付けろ幸裂」
「え……?」
その時、幸裂の背後の暗がりから、一人の人影が飛び出してきた。
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