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#005 残り香

 

 世界各国が軍拡と植民地政策を推し進める中、かつての日本も主要国に若干の遅れを取りながらも憲法の改正に踏み切っていた。

 

 それに伴い国名も変わり、日本と呼ばれた国はもう存在しない。

 

 日本は新たに皇尊國日本スメラミコトノクニニホンと名乗り、軍備と植民地の拡大競争に加わった。

 

 保守派勢力が台頭し、ネット社会を中心に広まった新たなこの国のスローガンは自立と共生。そして尊王攘夷だった。

 

 幕末の日本に仕掛けられたイギリスの工作活動にはじまり、当時の日本が行なった大東亜戦争下の東南アジア支援や、イスラエル人に極秘にビザを発行した美談を根拠に、当時の思想は再定義され「必ずしも悪とは言えない」というのが今の定説になっている。

 

 その背景には、西欧諸国の富裕層やローマカトリックが行ってきた悪行の露呈も少なからず影響したことは間違いない。

 

 しかし最も大きな理由は、再び掲げられた大東亜共栄圏構想が、資源枯渇に苦しむ国民に受け入れられたからに他ならないだろう。

 


 幸裂と鳥居は下山を終え、そんな新たな日本を縦断するリニア鉄道〝脊龍〟の特別車両に乗り、国主の待つ帝都に向かっていた。

 

「脊龍の特別車両にタダ乗りできるんですね……」

 

 高級そうなフルーツジュースをしげしげと眺めながら幸裂がつぶやく。

 

「ああ。国選依代の特権の一つだ。お前たち野良組(・・・)には無い特権だが……」

 

「野良組ですか?」

 

「ああ。国選組はかねてより国と関りが深い祭事を執り行う家系や一族に与えられる称号だ。野良組も働き如何で国選に繰り上げると言っていたが……よく思わない連中も多い」

 

「仕方ないでしょう。特に俺みたいなのは、厄介事の種でしかない」

 

「まるで自分が特別みたいに聞こえるな」

 

「そんなつもりは」

 

「無いとは言い切れないだろう。身近にはそうそういないだろうからな。だが、これからチームを組む連中は国中から選りすぐった呪いや御霊の依代達だ。必要以上に自分を卑下するな。それは一歩間違えれば自惚れにもなりかねない。少なくとも、そう捉える輩もいる」

 

「気を付けます……」

 

 窓の外を流れる景色を見つめて黙りこくる鳥居を見ながら幸裂は思う。

 

「鳥居さん」

 

「なんだ?」

 

「鳥居さんって、見かけによらず結構優しいですよね?」

 

 鳥居は目だけ動かして鬱陶しそうに幸裂を睨みつけた。

 

 しばらく間を置いてから、やはり鬱陶しそうに口を開く。

 

「どうしてそうなる?」

 

「爺ちゃんの埋葬も手伝ってくれましたし、今のも俺への忠告だ」

 

「……お前がそう受け取ったのならそうなんだろう。私は寝る。帝都に着く一つ前の駅で起こせ」

 

 そう言って鳥居は腕を組み顔を伏せた。

 

 幸裂は失言だったかと反省しながら、手の中に納まったジュースのストローに口を付けた。

 

 柑橘の香りと桃の甘さが口に広がり、いつの間にか自分の喉がカラカラだったことに気づかされる。

 

「うまいな……」

 

 独り言ちたその時、なぜか想い人の顔が脳裏をかすめ、鼻の奥がツンと痛んだ。

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