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#002 シカナイ

 

 幸裂が目を覚ますと、焼け落ちた本堂の太い梁が周囲で燻ぶっているのが見えた。

 

 頭上から差す月明かりが少年を我に返らせる。

 

 まさか。まさかそんな……

 

「ぎょうぶ……」

 

 かすれた声が背後から聞こえ、慌ててそちらに駆け寄った。

 

 燃え滓が足の裏を焦がしたが、幸裂はお構いなしに声の方に向かう。

 

「爺ちゃん……どこだ? 無事なのか?」

 

 どくんどくんと心臓が鼓動を強める。

 

 嫌な予感を振り払うように、少年は何度も僧侶に呼びかけながら瓦礫をどかした。

 

「爺ちゃん……どこにいる? じいちゃ……ああ……」

 

 幸裂は落ちた梁の下敷きになった爺の姿を見つけて顔を歪める。


 本堂が焼け落ちるほどの火に呑まれたわりに、僧侶の皮膚は綺麗だった。

 

 髪も焼けておらず、その顔は以前と変わらぬ優しさと厳しさを湛えている。

 

 同時に避けられない死の影を携えて。

 

「すまん……爺ちゃんしくじった……祓ってやれんかった……」

 

「いいから……! すぐにこれを退かす。だから爺ちゃんも踏ん張って」

 

「必要ねえ」

 

 そう言って僧侶は自分を踏みつぶしている梁に目をやった。

 

 釣られて少年もそちらに目をやり、そして深く絶望する。

 

「そ……そんな……」

 

 梁は僧侶の下半身を切断していた。

 

 断面からは内臓がはみ出し、黒い血溜りの中に浮かんでいる。

 

「お前の服の上にあった六花ちゃんのお守り……咄嗟に掴んで即死は免れた……お前の大事なもんだ……これを持ってりゃ焼け死ぬことはないと思った……だが、そこまで甘くはなかったなあ……」

 

 そう言って笑い、幸裂の手にお守りを握らせる。

 

 いつしか少年の目からは大粒の涙がぼろぼろとこぼれていた。

 

「なんでこんな……俺は無傷で、爺ちゃんが死ぬなんてあんまりだ……六花のことも傷つけた。俺なんか……生まれてこなきゃよかったんだ」

 

 泣きじゃくる孫の頭に爺は手を乗せ、口角をぐっと引き上げぎこちないながらも満面の笑みを浮かべて言った。

 

「阿呆。人はいつか死ぬんじゃぞ? そんな大層に考えんでええ。お前は幸せになって、その手で大事な人を幸せにすることだけ考えたらええ」

 

「爺ちゃんの幸せはどうなるんだよ⁉」

 

 思わず叫ぶ幸裂を、爺は優しい目で見つめて口を開く。

 

「十分に幸せにしてもろうた。あの日から3年、孫と一緒に過ごさせてもろうた。せやからなあ……世界には感謝しかないんよ」

 

 そう言ってニカと歯を見せ笑う爺の顔に嘘は無い。

 

 けれど少年はさらに激しく咽び泣き、爺の手を強く握りしめる。

 

「一族の呪い、お前に全部背負わすことになってしもうたんだけ……すまんのお……ぎょうぶ。生きろよ」

 

「爺ちゃん……待って……逝かないで……」

 

 年相応の面構えに戻った少年の慟哭が山中に木霊する。

 

 それは空が白むころまで途切れることが無かった。

 

 目ざとく亡骸を見つけた鳶やカラスが上空で輪を描き始めたころ、幸裂もまた遺体を弔うべく立ち上がろうとする。

 

 しかし目標と支えを失った足にはうまく力が入らなかった。

 

 瓦礫に掴まりようやっと立ち上がった少年の視界の端で何かが動く。

 

「爺ちゃん……?」

 

 思わずそちらに目を凝らす。

 

 それはゆっくりと石段を上り境内に入ってくると、やがて陽光と影の境界で立ち止まっておもむろに口を開いて言った。

 

「お前が幸裂仰生だな」

 

 それは着流しに下駄という出で立ちの、見知らぬ痩せた男だった。

 

 真っすぐに流れた白い髪が左の目を隠していたが露わになった右の眼光は鋭く、射貫くような目をしている。

 

「私は国選依代の鳥居白州(とりいしらす)。お前を迎えに来た」

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