#020 包囲
人の気配―――もとい、禍々しく混じり合う三者三様の呪いの気配を察知して、ドブネズミは同胞の亡骸を食い漁るのをやめ逃走する。
時折彼らの上げる悲鳴のような短い鳴き声がするほか、地下道は断続的に流れる弱々しい水の音しかしなかった。
それもいつしか脳が認識しなくなり、あたりは闇と無音の世界になる。
そんな中で唯一の頼りは小さなライトの光と、耳に嵌めた通信機から聞こえる稲川の声だけだった
「次の角を右だ」
「了解した」
そう言って鳥居が右に顔を向ける。
しかし鳥居は暗い横穴の奥を睨むばかりでそれ以上足を進めなかった。
「稲川。まただ」
「また落盤かいな? もう何回目や⁉」
渥美がカンカン帽を被りなおしながらつぶやいた。
「これで4回目だ。偶然と割り切るには多すぎるが、作為的な落盤には見えん。七倉、お前の呪魂はどのルートで入った?」
「団地内に形成されたスラムに続くルートです。だから、皆さんが使えるルートじゃないと思います。わたしも今、あの子たちにルートを探らせてますので……」
「鳥居さんよお、反乱分子のやつらが、収容初期から外部の侵入に備えてた可能性はねえのかよ?」
稲川のその問いに、鳥居は首を振る。
「可能性は低い。そもそも当時の政府がこんな場所から侵入する必要もない。その気になれば武装ヘリで皆殺しにしていただろうからな。とにかく次のルートに案内してくれ」
「今調べてるよ」
幸裂はそんなやり取りがなされる間、口をつぐんで考えに耽っていた。
妙だ……何かが引っかかる。それにこの感覚を……俺はどこかで、知っている……?
見えそうで見えない糸口。それを見つけることを諦めて、幸裂は視覚を封じた。
そうしようと思ったのは、他ならぬ祖父の教えに拠る。
青草の匂いが立ち込める深山で、祖父と禅を組んだ日の残像が少年の脳裏に蘇る。
「いいか仰生。この目に映る世界は、コンピュータースクリーンみたいなもんだ。意味がわかるか?」
「今時コンピュータースクリーンなんて呼び方しないよ。爺ちゃん」
「青いのお。言葉の極意は真意を伝えることにある。宿題にするからな。考えとけ」
あの時、俺は答えを見つけられなかった。
でも今この事を思い出したってことには、意味があるんだよな? 爺ちゃん。
深く息を吐いた幸裂の感覚神経が下水道の闇に繋がっていく。
ずっと感じていた違和感の正体を探して、闇の奥深くに根を伸ばした幸裂の神経は、やがて何かに触れてピタリと進行を止めた。
「鳥居さん……何かが俺たちを覆ってる。闇の奥だ。後ろだけじゃない。ここに入った瞬間から俺たちは何かに囲まれてる……!」




