#010 日常に被さる異常
宮内庁から東西線大手町駅に向かう四人に会話は無い。
と言うよりも、宮内庁で一言も話していなかったのが奇跡かと思えるほど、渥美が一人で喋り続けている。
不貞腐れて一言も口を利かない稲川をどう見ても年下に見える七倉が気遣い、唐草模様のマントを羽織った大男の独り言に、学生服の少年が気のない相槌を打つ様は、傍目からどう見えているのだろうと考えると、幸裂は微妙な気持ちになった。
さっさと服だけでも着替えよう……
そんな事を考えながら歩いていると、ぞくりと肌が湧きたつような感覚がして、咄嗟に北の方に向けて顔をあげた。
「なんだ……? この気配は……」
すると七倉がそれに気づいて声を掛ける。
「あっちに、首塚があるんです。平将門の首塚。有名な心霊スポットですし、多分それの気配だと思います……」
「七倉さんにもわかるのか?」
「はい。私は戦闘要員じゃなくて索敵要員なので。さっきは怖がってすみませんでした……」
申し訳なさそうに頭を下げる七倉を見て幸裂は首を振る。
同時に、一番年下なのにこの子が一番まともだとしみじみ思う。
「無理もないよ。見える人なら誰だって俺みたいなやつとは関わり合いになりたくないだろうから」
「不幸自慢かよ? 奈々、こういう奴はやめとけ。一生不幸を笠に着て愛情をもらい続けようとするからな」
「もうイナちゃん!」
七倉にたしなめられて、稲川は再びだんまりを決め込んだ。
幸裂はそんな稲川の方を見て尋ねる。
「稲川さん、不安かもしれないが俺にも目的がある。それにもう依代になっちまった。できれば仲間として認めてもらいたい」
「なんで一方的にアタシがお前を認めなきゃなんねえんだよ? 認めてほしけりゃ自分で有用性を証明しろ。これ社会人の常識な」
「おっ! 純子ちゃん社会人してたことあるんや⁉ よかった~。わししかおらんのちゃうかと思って孤独やってん」
「てめえと一緒にすんな! 俳優気取り! 中学んころからハッカーで食ってるから務めたことなんかねえよ!」
それを聞いた誰もが「墓穴……」と思い言葉を失った。少し間を置いてから稲川もそれに気づいたらしく、耳を赤くしてキャップを深く被りなおす。
「純子ちゃんなんかごめんな……」
渥美の言葉に反応する者もまた、誰もいなかった。
そうこうするうち、一行は地下鉄構内に下り電車に乗り込んだ。
地下に潜ってからずっと、山中に溢れる魑魅魍魎とは異なるじっとりとした気配が漂っており、幸裂は幾度となくあたりを確認する。
地下水で濡れそぼり、鍾乳洞もどきのような黄土色の凹凸を作るコンクリートの淵や、何処に続くともしれない鉄の扉の数々。
そして行きかう人の背におぶさるようについていく、異形の人型。
しかし三人はそのどれをも気にする素振りは見せずに、混みあった列車の片隅に空いた不自然に人が避けて通る空間を見つけて、当然のようにそこに向かって歩き始めた。
「おい……そっちは……」
ずぶ濡れの女が座ってるシートの前だぞ……?
その言葉が言い出せず、幸裂は七倉の顔を見やった。
すると七倉は困ったように微笑んで「やっぱり多いですよね。東京の地下鉄って」と言い残し、やはりそちらの方に歩いていく。
「大阪のJRはこんなもんちゃうで? はよこっち来いや」
渥美に呼ばれて幸裂もしぶしぶその輪に加わると、女の霊はじゃぶじゃぶと音を立ててシートの中に染み込んでいった。
「はい。幸裂アウト。お前の時に消えたから今日の昼飯、お前の奢りな?」
「なんだそれ? 聞いてないぞ⁉」
「新人さんの通過儀礼やな。せやけど、これからは幸裂はんの全負けちゃうか……?」
「よかったじゃねえかよ。さっそく有用性を証明できたな。飯係くん」
意地悪くせせら笑う稲川を見ながら幸裂がまず感じたのは、怒りや憎しみではなくなぜか安堵だった。
常世の理が通じない者共が確かにここにいる。
それは孤独な3年間を生き抜いてきた幸裂の、本人さえ気づいていない歪んだ欲求を密かに、静かに満たしていく。
慣れ親しんでしまえば、二度と平穏な日常には戻れない毒だということにすら、幸裂はまだ気づいていなかった。
ネトコン13参加作品です。
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