冒険心
審判が、さっきから時計をチラチラ見てるアディショナルタイムに入ってるんだろう。
1対1の同点、絶好の位置でのフリーキック。みんなへとへとに疲れ切っているし、これがラストチャンスだろう。
弱小チームだったうちがここまでこれたのは、あいつのおかげだ。エースの切原。ドリブル、パス、シュート、どれをとっても全国レベルだ。
「…くそっ、運がないな」
切原は左利きだ。この角度だと、左利きのキッカーはシュートが狙いづらい。かといって、センタリングを上げたところで、うちのチームには背の高いやつはいない。
「切原、ここはおれがパス出すから、なんとかドリブルで突破してくれ…」
我ながら情けない提案だ。結局は切原頼みなんだからさ。そんなおれに腹を立てたのか、切原が珍しく声を荒げる。
「余計なことするな! おれが蹴る!」
ボールをセットしてから、切原がおれに視線を送った。…まさか?
――お前が蹴ろ――
確かにここからなら、右利きの俺のほうがゴールを狙いやすい。だが、それはあくまで狙いやすいだけだ。枠に飛ばせるかどうかすら、わからないんだぞ!
「なんでおれがうちの高校に入ったか、覚えてるか?」
誰にも聞こえないくらい小声で、切原が言った。冒険心、そうだ、冒険心を持って、このチームで戦いたい、あいつはそう言ったんだ。
――冒険心――
サッカーは一人でプレーするスポーツじゃない。あれだけの才能の持ち主でさえ、常々そう言っていた。だからあいつは、誰よりもチームプレーを大切にしたし、おれたちの練習もよく見てくれた。
――お前、おれたちと冒険したかったのか――
おれの腹は決まった。狙うはゴール左隅、切原が蹴るふりをしたあと、間髪入れずに蹴ればいい。切原が手を挙げ、助走に入る。誰もが蹴ると思い、壁の連中も一斉にジャンプした。壁が降りると同時に、おれのボールがゴールへ向かっていく。
「入れっ!」
切原とおれが同時に叫んだ。ボールはわずかに失速したが、キーパーの反応が遅れたからか、指先をかすめてゴールへ吸い込まれていった。
「いよっしゃぁぁ!」
ぼうぜんとしてるおれに、切原がいきなり抱きついてきた。よろめくおれに感極まった切原が言う。
「覚えててくれたんだな」
「ああ…。まだ信じられないけどな」
審判が笛を吹いた。試合終了だ。1対2。おれたちの冒険は、ありがたいことにまだ終わらないみたいだ。