~魔女の根城~北方戦線⑥
オーガス視点で振り返りつつ進行
――ああ、いってぇなあ。
セレスの猛攻を受けながら、オーガスはその痛みに顔をしかめていた。
拳で殴られた痛みとも、蹴られた痛みとも違う。
魔法で受ける痛み。
炎であぶられ、水で押し流され、氷の刃で肌をえぐられる。
普通に生きていれば感じないであろうその痛みに、オーガスは正面から向き合う。
避けられる攻撃は紙一重でかわし、躱せない攻撃は気張って受け止める。
ただ硬いだけが取り柄の鬼人という種族。
そうやって成り上がってきた。
そうやって生き残ってきた。
相手が錬金術師だろうが勇者だろうが魔法使いだろうが関係ない。
今回もただ、目の前に広がる驚異に立ち向かい、乗り越えるのみ。
乗り越えてみせろ。
耐えてみせろ。
勝ってみせろ。
己が定めた絶対意思が、その胸にあるのならば。
――しっかし、どうも妙だな。
なんとか攻撃をいなしながら、オーガスは考えていた。
さきほどからセレスは、必要最低限のモーションしかとっていない。
オーガスだって防戦一方なわけではない。間隙をぬって、何度か攻撃を試みている。
しかし、そのすべてを彼女は、防御魔法を展開することで受け止めている。
魔法で強化された体ならば、防御魔法を使わなくても避けられる攻撃すら。
展開した魔力を一辺に集めることで、盾を生成するのが防御魔法。生成した盾は一度攻撃を受けると再利用できない。その度に新しい盾を構築しなければいけないから、魔力の消費が激しい。
なのに、それを立て続けに使っているのはなぜだ。
怪我か?
病気か?
いや、そんな万全じゃないやつを俺の前に出すとは考えにくい。
なら理由は、セレス本人が抱えている問題か。
……あー、考えたってわっかんねえな。
けど、理由はどうあれ好都合だな。
魔玉さえ潰せば戦いは終わるんだ。
大将の動きが制限されているなら、その間に魔玉をぶっ潰す!
「おらっ」
まずは意識をそらさせろ。
地面に勢いよくこん棒を叩きつけ、砂塵が舞う。
地表に亀裂が走るほどの衝撃が洞窟内を揺らした。
オーガスは地面を蹴って駆ける。
魔玉を目指して、一直線に。
生きる弾丸のごとく。
「行かせるわけないでしょ」
しかし次の瞬間には、地表から盛り上がった土の杭に体を撃ち抜かれていた。
猛スピードで駆けていただけに、それにぶつかった衝撃は激しく、オーガスは血反吐を吐きながら天井や床を転げまわった。
――やっべえな。さすがに、意識が飛びそうだ。
奇しくも砂ぼこりがオーガスの姿を隠している。
なんとか意識を繋ぎとめようと唇を噛んでいる間、ふと優しい声が聞こえた。
「安心して。あなたになるべく、迷惑はかけないから」
セレスが発したものだ。
初めて聞く柔らかい声音。
誰に向けた声だろうか。
二人しかいない戦場で、一体誰に。
……って、ああ。
「なるほどな。そういうわけだったのかい」
合点がいったら、自然とオーガスはつぶやいていた。
満身創痍の体で、しかしそれを悟らせない威力でこん棒を投げる。
するとセレスはやはり防御魔法を展開し、直撃を抑えた。
さすがに焦ったのだろうか。
セレスの顔には冷や汗が浮かんでいた。
「俺ら鬼人は、とにかく硬いのだけが取り柄でよ」
気分が高揚していたからだろうか。
気づけばオーガスは、鬼人という種族について語っていた。
長々と喋ったが、要するに彼はこういう事が言いたかった。
簡単に負けてやるつもりはねえ、と。
「……ああ、つぅかよ」
せっかく違和感の正体に気づいたのに、忘れかけていた。
殺気を解いたオーガスは、世間話をするように問いかけた。
「アンタ、多分あれだろ。ガキがいるんだな? そん中に」
☆
「……どうして、それを」
セレスは身を庇うように一歩下がる。
どうやら図星だったようだ。
「ただの違和感だよ。わざわざ避けられる攻撃を防いだり、遠距離から魔法をぶっ放してくるばっかりでほとんど動かなかったり。そんでさっきのつぶやきで合点がいった。妊婦だったんだな、セレスさんよ」
「……だったらどうするの? あなたには関係ないでしょ。どうせ私を殺せば、この子も死ぬんだもの」
「そりゃそうだ、確かに俺のすべきことは変わりねえ。……でもよ」
オーガスは獲物を後ろ手に下げて、自問自答するようにつぶやいた。
「ガキ産むのを控えてる女を殺せるほど、俺も鬼畜じゃないんでね」
「……どういうこと?」
「見逃してやる。……って、劣勢の俺が言うのもなんだけどよ。このまま戦いを続けたら、アンタはともかくガキの方には負担が大きいんじゃねえか?」
「……」
「アーレスから指示されたのはドラゴの洞窟の占拠だが、大まかな緩雪結晶の破壊なら達成したしなあ。今なら痛み分けってことにできるだろ」
「あなたは、それでいいの?」
「俺たちはあくまで、南の賢者と共闘関係を結んでるだけだ。あいつらに忠誠を誓ったわけじゃねえ。隙がありゃあ寝首をかくつもりで過ごしてるしなあ。戦場における主権はこっちにある」
「……あなたって、やっぱり」
セレスはふっと笑った。
力を抜くように、疲れ切った顔で。
「ヤンキーなのか紳士なのか、よく分からないわ」
「どっちだっていいだろ」
オーガスは苦笑した。
じゃあな、と彼が踵を返そうとすると。
「――いいわけないでしょ。バカですか貴方は」
声。
オーガスが振り返ると、そこには『影』があった。
とぷん――と水滴が持ち上がるように、人の形をした『影』が地中から姿を現す。
不透明な『影』を帯びた、小柄な男性。
その手には、魔法陣が描かれた籠手が。
「魔女! 今すぐ下がれ、そいつは――」
「洞窟の占拠は最優先事項です。痛み分けなど、許しません」
次の瞬間、オーガスの足元に泥水の水たまりのようなものが浮かぶ。
彼はそれに足を取られ、体の半分ほどまでが水たまりに浸かる。
「くそっ。動けねえ」
「あなたはバカですが、よくここまで北の魔女を削ってくれました。あとは僕が引き継ぎます」
「……言ってくれるじゃない」
セレスの表情が、またこわばる。
冷や汗を悟られぬよう、ぐっと杖を握りなおす。
それを見ると、小柄な男はくくっと笑った。
「南の賢者アーレスが配下、地層の錬金術師ティーゼ。その汚れた命、もらい受けます」