~魔女の根城~北方戦線⑤
今回かなり短いです。
セレスはもともと、大規模な乱戦を想定して包囲網を張っていた。
何人も魔玉の周辺には近づけないよう、幾重にも魔法のトラップを展開させている。地表から盛り上がった土の杭は、オーガスを正面から射貫くようにぶつかり、その体躯を天井に叩きつけた。しかし、それでも勢いは衰えることなく、オーガスの体はボールのように何度も壁や地面を転げ回る。
最後には砂埃が舞い、オーガスの殺気もその中に消えた。
「……ようやく倒れたかな」
セレスはふっと息を吐いて、展開していた魔力を解いた。
気づけば周りで戦っていた同士や敵はどこかへいなくなり、戦場は閑散としていた。
どうやら洞窟の外まで鬼人の戦力を追いやったらしい。洞窟の入口付近の緩雪結晶は軒並み壊されてしまったが、セレスが守っていた魔玉の周辺はほぼ無傷だ。
正直、ここまで緩雪結晶の採掘場を荒らされてしまったのは痛手だが、まだこれだけの備蓄があれば当分は生活できる。
「安心して。あなたになるべく、迷惑はかけないから」
優しい声音で、セレスはそっと自分のお腹をさすった。
その次の瞬間。
「――なるほどな。そういうわけだったのかい」
砂埃の中から投擲されたこん棒の先端が、セレスの目の前まで迫っていた。
「っ――!」
間一髪のところで防御魔法を展開し、直撃を抑えたセレス。
勢いを失ったこん棒はゴン!と大きな音を立てて地面に落ちる。
音だけでわかる、その質量。
もし顔面に直撃していたら、間違いなく死んでいた。
セレスの顔には冷や汗が浮かび、心臓が激しく脈打った。
それをなるべく悟られないよう、しっかりと目の前の人物を捉える。
東の鬼人オーガスは、大きな傷跡を抱えながらも悠々と歩いていた。
「俺ら鬼人は、とにかく硬いのだけが取り柄でよ」
足元のこん棒をひょいと持ち上げ、肩に乗せてから話を続ける。
「アンタらみたいに魔法は使えねえし、アーレスみたいに錬金術は使えねえし、西の勇者みたいな逸話もねえ。……そう、なーんもねえんだ。俺らの種族は。でもよ、その代わりに誓ったんだ。喧嘩するなら、死ぬまで倒れねえ。そんな揺るぎのない絶対の意思を持って、この東西南北の戦争を勝ち抜くってよ」
オーガスの周りに、熱のような殺気が放たれる。
それは彼の周りを取り囲み、「圧」となって滞留する。
近づいたらそれだけで足が崩れてしまいそうなほど、圧倒的なオーラ。
それは決して、魔法や特別な力から来るものではない。鬼人という、体が硬いだけの弱い種族が肝に銘じた、鋼の心得がその残像を見せているのだ。
「絶対意思。それだけが、俺らの命を繋ぐぜ」
セレスはすでに臆していた。
私は果たして彼女を守りながら戦えるのだろうか、と――
「……ああ、つぅかよ」
オーガスはふっと殺気を隠すと、セレスのお腹に向かって指をさした。
目を丸くしながら、彼は言った。
「アンタ、多分あれだろ。ガキがいるんだな? そん中に」
⑥に続く