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魔女の隠し子  作者: 新羽
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~魔女の根城~北方戦線④


ドラゴの大洞窟。


そこはかつて北の領地を統べるドラゴンの寝床だったとされる場所で、北の王はそれを神聖視し、手をつけることなく放置していた。

エルフにとって、そこはまさしく生命のゆりかごだった。

寝床というだけあって洞窟の内部は広く、結晶の淡い光に包まれ、澄んだ空気に包まれている。岩肌から顔を出す結晶の数は、そこにあるものだけでエルフの寿命を何百年と支えてくれるだろう。

加えて、洞窟の最奥にある祭壇に飾られた、『魔玉』と呼ばれる球状の水晶体。

これも緩雪結晶の一つであり、その純度は他と比べ物にならないほど高い。

そこから流れ出る魔力だけで、周囲のエルフは体温を保っていられるほどに。

なので、セレスの命題は魔玉から決して離れず、それを守り切ることだった。

そして――戦線は後退し、ついに魔玉が収められている祭壇の手前まで、鬼人の大群が押し寄せていた。





「――よお。手前さんがエルフの長かい」


戦場でもピシッとしたスーツは変わらず、しかし垂れ下がったオールバックの赤髪は、無作法に腰の辺りまで伸びている。彼はバットのようにこん棒を背中に隠し持ち、顎を突き出してセレスを睥睨していた。

その男の名は、東の鬼人オーガス。


「……そうだけど、あなたキャラがパッとしないわね。紳士なのかヤンキーなのかハッキリしてもらっていいかしら」


対するは、黒衣をまとう小さな女性。

エルフを象徴するとがった耳に、蝶の鱗粉を思わせる銀色の長い髪。

人間離れした整った顔立ちには、しかし困ったような色を浮かべている。それは果たして目の前で対峙する彼のキャラクター性に関してか、悪化する戦況に関してか。

その女の名は、北の魔女セレス。


「バカやろう。こちとら鬼の一族だぜ? 虎柄のパンツ一丁でちまたに出かけたら、それだけで市民を怖がらせちまうだろうが。だからせめて、格好だけは紳士的にキメとかねえといけねえって話よ」


「それはいい心がけね。似合っているとも思えないけれど」


「構わねえさ。これから殺す相手にどう評価されようが、知ったこっちゃねえ」


オーガスはこん棒を手前に掲げ、獣のように短く唸ると、にっと頬を吊り上げた。


「そぉら、いくぜ」


勢いよく地面を蹴り、セレスの目の前まで跳躍。

鉛の重さをものともしないしなやかさでこん棒を振るった。

次の瞬間にはセレスの頭部を吹き飛ばす……はずだったその攻撃は、彼女の目と鼻の先で、見えない壁に阻まれるようにして止まった。


「はっ。かってぇなあオイ」


魔法で作られた空気の障壁。

オーガスにとって想定内の防御手段だ。

しかし、彼にとっても想定外だったことがひとつ。


――まじかよ、こいつ。今眉一つ動かなかったぞ。


これだけ至近距離で獲物を振るわれたら、大の大人でもビビるだろう。

それを若干二十歳にも満たないであろう少女が、あたかも何も恐れることはないといったように、悠然とオーガスの攻撃を受け入れ、そして完璧にいなしていた。


「お返し」


セレスがゆっくりと一歩下がった後のことだ。

ふっ、とオーガスの手元から手ごたえが消える。


「うおっ」


セレスが障壁魔法を解除したのだ。力の行先を失ったこん棒はそのまま空を描くように振るわれ、そこに一瞬の隙ができる。


氷弾幕(アイスネット)


宣誓するような姿勢のセレスから放たれたのは、多数の鋭利な氷刃。

それは一瞬の隙を見逃さず、無防備なオーガスの背中へと突撃する。


「……ったく、油断してたぜ」


オーガスは振り向きざま、凄まじい速度でこん棒を振るった。

彼を狙った氷刃はすべて破砕され、それ以外のものは風圧で四方へと吹き飛んでいく。

そのうちの一つがセレスの頬をかすめた。

血が垂れていたが、彼女は意にも介さない。

セレスは続けて攻撃を再開する。

炎の光線を。

風の斬撃を。

水の集中砲火を。

オーガスはそれを持ち前の獲物と身体能力だけで防いでいく。


「おいおいおい、いくつあんだよ手前の魔法はよお」


「さあね。数えたことないわ」


「けっ、かっけぇなあオイ。でもよおアンタ、何でさっきからほとんど動かねえ? 接近すりゃあ殺せる機会が何度かあったぜ。どうして遠距離からの攻撃にこだわんのか、ちょいと気になったんだが」


「よくしゃべるわね。舌を噛むわよ」


「噛まねえよ。戦いながらしゃべんのが好きだからな」


「あっそう」


セレスの猛攻は続く。

さすがのオーガスもこのまま攻撃を受け続けたらジリ貧だ。

しかし、いつまでもこの攻撃を続けられないことは分かっている。

なぜなら魔法を介した攻撃は、必ず魔力を消費しているからだ。そしてその魔力とは、エルフたちにとっての生命エネルギーに等しい。なのに、消耗を気にせずこれだけ無制限に魔法を打ち続けられるのは、おそらくセレスの背後にある『魔玉』が関係している。


――アーレスから大雑把なことは聞いた。

ようは、あれをぶっ壊せばいいんだろ?


オーガスは標的を変えた。

攻撃の隙間を縫って、地面に向かって勢いよく打撃を加える。


「おらっ」


大きく砂埃が舞い、あまりの衝撃に地面に亀裂が走る。

動揺は期待できない。一瞬目くらましができりゃ上等。


オーガスは地面を蹴って駆ける。

さっきセレスの目前に迫ったときの速度は、彼の最速ではない。

初動で見せなかった本気の疾走。それが今、魔玉を捉えて――


「行かせるわけないでしょ」


背後から聞こえた、呆れるような声。

次の瞬間オーガスの体は、地表から盛り上がった土の杭に体を撃ち抜かれていた。


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