~魔女の根城~北方戦線②
「ではまず、私たち種族についてお話したいと思います。なぜ我々が、魔族と呼ばれるようになったのか」
子どもたちは洗いものに行ったのか、大きな机の上にあった食器を持ってどこかに行った。
アリアとリンが空いた場所に座り、ほの暗く静かな場所で話は進む。
「私たちの種族と国はかつて、魔法によって栄え、魔法によって滅びました」
☆
かつてエルフと呼ばれる種族だけが、魔法という強大な力を扱える唯一の種族だった。
エルフは絶対数が少なく、どこからともなく現れた希少種だと言い伝えられている。しかし、そんな少ない個体数でも、『南の賢者』が率いる錬金術師たちも、『東の鬼人』が束ねる鬼人の大群も、『南の勇者』が統率する戦士の軍隊も、『北の王』の領地に突然現れたわずか数十人ほどの彼らにはかなわなかった。
魔法は、それを扱えない使えない種族から見れば、まさしく神のような力だった。
干からびた土地に水を与え、どこまでも広がる闇に炎を灯し、閑散とした大地に草木を芽吹かせることだって可能だった。
彼らは神の使い――妖精と呼ばれた。
エルフ特有のとがった耳は豊穣や幸福の象徴として北の大地で神格化され、かつての王はエルフを王国に招き入れた。
「そなた達の力は素晴らしい。ぜひ我が都でその力を存分に発揮し、都の繁栄に協力してほしい」
北の大地は常に乾燥していて、寒気に包まれた土地だった。そんな環境のためか農作物の育ちは悪く、住まう人々の平均寿命もほかの領土に比べて低水準だった。
王は期待していた。
彼らが都の繁栄に協力してくれれば、王国民の生活環境と士気が向上するだけでなく、列強諸国にも劣らないほどの戦力を蓄えることができる。いずれは世界に進軍し――列強諸国を代表する猛者たち――賢者や鬼人、勇者すらも打倒して、『北の王』こそが世界を統べる神であると夢想してやまなかった。
しかし、北の王は気づいていなかった。
魔法は万能の力ではないということに。
◇
事件が起きたのは、エルフが北の大地に住み始めて半年ほどが経過した頃だった。
この頃の北の王国は、半年前とは比べようのないほどの作物と緑に包まれ、透き通るほどの綺麗な水に富み、夜は暖かい光と人々の活気が、王都全体を包んでいた。
王は喜んでいた。
ではこれから進軍の準備をー……と画策していた矢先のことだった。
王の直属の家臣たちと、その兵士たちが急死した。
原因は分からなかった。
医者が見ても頭に疑問符を浮かべるばかりで、まるで役に立たない。
それもそのはずだ。彼らは急死する直前まで、普通に生活していたのだから。不調を知らせる予兆もなく、ただ日々の生活を送っていた人々が、いったい何を理由にばたりと倒れるのだろうか。
さては毒かと王が案じた矢先だった。
意外なことに、犯人は悪びれる様子もなく自首をした。
「魔力を吸い取っただけです」
犯人はエルフだった。
エルフはまっすぐな目で王に告げる。
「魔法を使うには、主に二つの条件があります。魔力と、対価です。たとえばマッチに灯された炎を、松明ほどの大きさに広げるのは簡単です。それは1、つまりは有から有を生み出す行為だからです。魔法を使うための対価は、周りの空気が支払ってくれます。空気は無限にあるから、使う魔力も低燃費でいい。しかし、無から有を生み出すには、それだけの対価が要ります。これだけ閑散とした土地に、たくさんの人々が困らないほどの食料と水を生み出した……。対価は空気の中のエネルギーだけではとうてい賄いきれません。魔法を使う場所に対価がないのであれば、どこかから取り立てなくてはならない。我々はその対象を、あなた方に決めました」
「あなた方は、我々が来る前も裕福な暮らしをしていましたね。王国に住まう人々の生活と気持ちもかんがみず、恵まれた食物を一辺に集め、水を七割ほど独占し、自分たちの至福を肥やしていた。だから魔力もたんまりとたまっていた。取り立てるには、これ以上の対象はいない」
「人間は魔法を扱えないから、魔力が常に体のなかに滞留している。仕方のないことです。あなた方は、魔力という水を多分に含んでいるのにも関わらず、栓がないばかりに蛇口からそれを吐き出すことができないのだから。我々エルフは、栓や蛇口はもちろん、水を汲むための同線もしっかりと備わっている。だから今回の件は、使いどころのないあなた方の水道から、魔力という水を引いてきたにすぎません」
王は彼らに恐怖を覚えた。
目の前にいる神の使いに――いや、悪魔のような力の使い手たちに。
「人は魔力を多分に吸われると死にいたる。いやあ、ここに来るまで大変でした。諸国の方々は魔法の原理こそ知らなかったが、そこに介在するかもしれないリスクを無意識に恐れ、我々を遠ざけていましたからね。過酷な北の大地まで追いやられたときはどうなるかと思いましたが、あなた方が善意で、諸手を上げて歓迎してくれたおかげで、こうして余るほどの戦力と住みやすい王国を手に入れることができた――」
エルフの少女は、その細い右腕をだらりと掲げた。
下向きになった手のひらのなかに、光が濃縮されて集まっていく。
王はそのしぐさと光に見覚えがあった。
あれは確か、生い茂った不要な木々を伐採するときに使用していた、空を裂くような魔法の光。
「おい、やめっ――」
「ありがとう王さま。身寄りのない私たちをかくまってくれて」
キンッ――と、鉄を裂くような音と一閃の光輪が、王の住まう城の砦を貫通した。
つぎの瞬間、城は分裂して砂のように崩れ落ちた。
轟音を立てて崩落する城の欠片のなかで、エルフは悠然とそこに立ち、崩壊する国を見つめながらひっそりと笑みを讃えていた。
このとき王国を陥落させたエルフの名を、セレスという。
③へ続く