プロローグ③
凍って崩れ落ちたセレスの亡骸は、すべて集めて部屋にあった箱に集めた。
もらった魔玉と亡骸の箱をもつと、小さな体の両手には支えきれないほど重い。
――自分の声の違和感は、鏡を見たときにハッキリした。
桜の体は、中学生ほどの背丈まで縮んでいたのだ。
髪は路銀を溶かしたような銀髪で、もともとは縛れるほど長かったが、今は肩ほどまでの長さになっている。耳はすっと横に伸びるようにとがっていて、触るとすこしチクリとした。
着ている衣服はダボっとした黒のパーカー……というより、大きめの外套だった。袖はなく、全体がボタンで軽く止まっていて、腕を開けば前側が開くようになっていた。フードを被ると目元を隠すほど大きく、体に対して全体的にサイズが合っていない。
おまけに長く着古されたものなのかボロボロで、生地もそうとう傷んでいるようだった。ズボンは皮でできているのか、固くて少し動きづらい。
これは、もともとセレスが着ていたものなのかもしれない。
慣れていない小さな体で必死に物を運びながら、桜はそう思った。
部屋に明りはなかったが、月明かりに照らされているおかげで出入り口が見える。
扉の前まで行き、肘でドアノブを開けようとすると、扉は向こうの方から開いた。
「……あなたが、転生してきた方なの?」
見上げると、ひとりの女性が立っていた。
澄んだ声。
そして、桜と同じ服装と髪色。
とがった耳。
彼女の髪は長くしなやかに伸びていて、よく手入れされているように見える。
丸く整った瑠璃色の瞳に、透き通るような真っ白の肌。
頬の傍はほんのりと赤く、唇はぶっくりと膨らんでいる。
月明かりを背に立つ彼女は、発光しているようにすら見えた。
それを包み隠す大きい外套は桜が着ているのと同じもので、彼女の魅力を包み隠しているようだった。
「はい。多分」
正直桜も、自分の立たされている状況かあまり理解できていないのだ。
それでも、セレスから託されたものと、成し遂げなくてはいけないことがある。
そのためには、桜をこの世界に呼び込んだ『南の賢者』とやらを倒しに行かなくてはならないのだろう。彼が誰なのかも、ここがどこなのかすらもまだ分からないが、座って考え込むのは桜の性に合わない。
「そう……ですか」
女性は声のトーンを落とすと、桜の持っていた箱をひょいと持ち上げる。
ガランガランと、水筒のなかで大きな氷が動くような音が箱から響いた。
「これは?」
「セレスさんの、ご遺体です。それと、彼女からいただいた魔玉が中に」
「……わかりました。族長を……セレスを気遣ってくださり、ありがとうございます。魔玉とともに、少し預からせていただきますね」
すると、ふっと彼女の手元から箱が消えた。
桜の目には、手品のように見えた。しかし、セレスとの会話を思い出すと、どうやらこの世界には魔法があるらしい。今彼女が見せた手品のような現象も、もしかしたら魔法の一種なのかもしれない。
「初めまして。私は魔法使いのアリアです。あなたが今日ここにいらっしゃることは、元族長のセレスから聞き及んでおりました。セレスの家族の一員として、改めてお願いいたします」
アリアはひざまずき、桜より下の目線から乞うように言った。
「どうか私たち一族を――エルフを救っていただきたいのです」