ep9 想定外の話
「ここが、研究所......」
中は思ったより広かった。
天井も高い。
しかし、それらを台無しにするように雑多な物体で溢れ散らかっている。
研究所と言われればそう見える。
しかし、ガラクタ倉庫と言われても反論できない様相を呈していた。
「どうしたんだ?適当に座れ」
白衣の男は薄汚れた椅子を顎で示した。
「あ、ああ」
大成が嫌そうに腰掛けると、正面のボロボロの椅子に白衣の男も座った。
「早速、話を始めようか」
白衣の男はポケットをまさぐり、ある物体を取り出して見せた。
「これを見て、貴様は『スマホ』と言ったはずだ。そんな名称、僕は聞いたことがない。魔導研究において、他に追随を許さないこの僕がだ」
白衣の男の口調は、まるでプライドが傷つけられたとでも言わんばかりだった。
しかし大成は、相手に飲まれず、落ち着いて口をひらいた。
「その話をする前に、まずは自己紹介じゃないか?」
「そんなこと僕はどうでもいい。大事なのは話の中身だ」
「そんなのは社会人のすることじゃない。自己紹介するぞ」
「融通の効かない奴だな」
「どっちかだよ。いや、こんなことを言い争いに来たわけじゃない。俺は徳富大成だ」
「ふん。僕はレオニダス・ビーチャムだ」
「有名な魔導博士と聞いているが」
「有名かどうかは知らん。だが、正真正銘魔導博士だ」
「ここで研究を行っているのか?」
大成は先に質問をする。
相手のペースに持っていかれないために。
これはあらかじめ考えていたことだった。
「なんだ貴様。魔導研究に興味があるのか?」
「ああ。あるよ」
嘘でもなかった。
厳密に言えば、本当に興味があるのは魔法だったが。
ただ『魔導研究』という言葉に胸がトキめいたのも事実だ。
むしろ、魔法を利用したソリューションを考えるのなら、魔導研究にこそヒントがあるのでは?
そうも閃いていた。
ここに訪れる前の段階で、すでに。
「なるほど。ただの馬鹿というわけではないようだな」
「その言いかた......いやそれはもういい。で、その研究の一端が、その物体というわけか」
「これは新型魔導装置。未来の汎用型魔導具のプロトタイプだ」
「汎用型...魔導具」
「要するに、この魔導具を使えば誰でも手軽に魔法によるインセンティブを享受できることになる」
大成の頭の中で、ピカァッと閃光が疾った。
閃光の後には、魔法を利用した新規事業...そのプロダクトの輪郭が、ぼんやりと浮かんでくる。
「それは興味深いな......」
一人言のように呟きながら顎に手を当てる大成。
その様子を見るにつけ、不意にビーチャムは、不審者を見るような眼つきでギロリと睨みつけた。
「貴様。軍事利用を考えているのか」
「はっ?」
完全に意表を突かれた。
一体いきなり何のことだ?
「貴様、肉体労働者のフリをして、本当は軍のエージェントか?」
「唐突に何を言ってるんだ?」
「わざと偶然を装って僕に近づいたのか?」
「いやいや待て待て。俺が軍と関係あるわけないだろう?まったく意味がわからない」
「戦争が終わっても尚、まだ軍事魔導の研究を諦めていないのか」
「だから違うって言っただろ?いくらなんでも想像が飛躍しすぎだ。わけがわからない」
「なら証明してみろ。軍と関係ないという事を」
「フザけんなよ。それって悪魔の証明ってやつだろ?」
「いいから証明しろ」
「スマホの話を聞きたくないのか?」
「僕に近づくためのデタラメでないのならな」
「あんたがそれを知りたいから来いって言ったんだろ?それで俺はここまでわざわざ来たんだぞ?」
「それは貴様に目的があったから。違うか?」
大成は思った。
これは予想だにしない面倒くさい流れになってきたなと。
なぜビーチャムがいきなりこんな事を言い出すのか。
過去に軍と彼との間で何かあったのだろうか。
それともただの情緒不安定の被害妄想か。
あるいはその両方か。
いずれにしても、厄介なことになってしまった。
変に話題を振ったのが失敗だったか、と反省もした。
しかし、今は反省している場合でもない。
どうすればいいだろうか。
頭をフル回転させても、何も思いつかない。
もはや万事休すか、となりかけた時。
ひとつの決心がつく。
こうなった以上は、やるしかない。
「ビーチャム。正直に答えよう」
「ふん。観念したか」
「俺は別世界から転移してきた、異世界人だ」
「そうか。......はっ??」
「だから俺は異世界人だ。三ヶ月前、転生女神テレサによって、俺はこの世界にやって来たんだ」
「き、貴様、言うに事欠いて何を言い出しているんだ」
「俺がそれを見て『スマホ』と言ったよな?スマホとは、俺がいた世界で普及しているモバイルデバイスのひとつだ」
「いや、ちょっと待ってくれ」
ビーチャムにとってそれは、完全に想定外の話どころか、異次元の話。
膨大な知識と知見と、類い稀な頭脳を備えた若き魔導博士でも、理解の範疇を遥かに超えていた。
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