ep66 営業
翌日。
朝からビーチャムとメラパッチン製造作業に勤しんでいた大成は、ふと思う。
直接ナナラに魔力注入してもらうこともできるんだよな、と。
「これ、ホントにスゴイよね〜」
ナナラは〔魔法の泉〕を置いた台の目の前に椅子を持ってきて座り、子どものような眼差しで眺めている。
「ナナラ、ちょっといいか」
「なあに?」
振り返ったナナラに、大成は石をひとつ手渡す。
あとは魔力を込めるだけでメラパッチンとなる、完成間近の魔法石だ。
「これに魔力を込めてみてくれないか?」
「わたしが?」
「魔法の泉を使った方が充電効率は高いけど、同時にナナラにもやってもらえれば作業効率も上げられるしな」
ここまで大成が説明すると、デスクに向かいながらビーチャムが口を挟む。
「そもそもその女は魔力源として来たのだろう。それぐらい自分から気づいて行動しろ」
「おいビーチャム。その言いかたは...」
「僕は間違っているのか」
「間違っちゃいないけど、ナナラはまだ来たばっかなんだしさ」
「間違っていないのに何が問題あるんだ。早くやらせろ」
「だから俺が言ってるのは言いかたの話で...」と大成が言いさした時。
ガタンッとナナラが立ち上がった。
「やるよ」
ナナラは左手に魔法石を持ち、そこへ右手をかざした。
ナナラの右手から魔力の光が放たれたかと思うと、魔法石が魔力の光を帯びる。
ビーチャムが振り向いて見ようとした時、すでに石はメラパッチンとなっていた。
「どう?」
ナナラはビーチャムへ歩み寄り、さっとメラパッチンを差し出す。
「ふん。魔導師ならこれぐらい当たり前だ」
ビーチャムは鼻を鳴らして受け取ると、すぐにデスクへ向き直った。
むぅーっとなるナナラ。
「ありがとうナナラ。他もお願いできるか?」
すかさず大成がナナラへ声をかける。
パッと振り向き、ナナラはにこっと笑って頷いた。
「よし」
大成が仕切り直す。
「それじゃあひと通り完成させるぞ!」
「おー!」
応えたのはナナラだけだったが、ピーチャムは黙々と手際よく作業を進めていた。
完成したメラパッチンをリアカーに積み、研究所を出発したのは翌日の朝。
この日の大成は、ナナラとビーチャムにも同行してもらっていた。
ビーチャムは固辞したが、半ば無理矢理連れ出した。
「なんで僕まで......」
「お願いしますよビーチャム博士」
「お願いしますよレオくん博士」
「おい大成。本当にこの女に営業とやらが務まるのか?」
「大丈夫だ。俺もいるし」
「大丈夫だよ。タイセーもいるし」
「おい。大成の言ったことを繰り返すのはやめろ」
「まあまあビーチャム博士。天気も良いし気分転換にもなるだろ?」
「まあまあレオくん博士。風も気持ち良いし気分転換にもなるよ?」
「この女は......」
うんざりしたように額に手を当ててビーチャムはため息をついた。
当のナナラはふんふーんと鼻歌を歌っている。
大成は苦笑して見せながらも冷静だった。
彼らの馬が合わないのはわかりきっている。
それなのになぜ、彼ら二人をセットで営業へ連れ出したのか。
理由は簡単だ。
火の魔法石を研究開発した魔導博士と、それに魔力を込めて完成させる魔導師。
彼らが揃って顔を出すことは、信用を勝ち取る上で極めて有効だからだ。
果物や野菜の広告に「作ったのはこの人です」と農家の人の写真を載せるアレをイメージすればわかりやすい。
そのように大成は考えていた。
「とにかく、俺はふたりがいてくれて心強いよ。営業としてこんなにやりやすいことはない。なので今日一日よろしく頼む」
大成の言葉に、ナナラは快活な笑みで答え、ビーチャムは仕方なく小さく頷いた。
そうこうしているうちに、本日一件目の訪問先が見えてくる。
石造りのメゾネット式の家が立ち並んでいる集合住宅だ。
各家々からは小さい子供たちの声が聞こえている。
「念のため確認しておくが」
住宅前で立ち止まり、大成はナナラへ向いた。
「今日の訪問先はすべて初回訪問になる。ということは」
「試供品版のメラパッチンの無料配布だよね」
ナナラは淀みなく答えた。
「よし。問題ないな」
「だいじょーぶい!」
「ビーチャムも大丈夫だよな?」
「僕は基本後ろで見ているだけだからな」
「じゃあ行こう」
大成を先頭に、一行は一軒目の家を訪ねた。
「はーい」
若い女の声が発せられたかと思ったら、幼い子を抱いた夫人が出てきた。
「突然、失礼します」
大成は丁寧に挨拶し、自己紹介とともにナナラとビーチャムを紹介した。
「な、なんですか」
若夫人の顔には明らかに警戒の色が表れていた。
大成は敏感に察する。
これは気をつけないと門前払い払いで終わると。
慎重にいかないとな......と大成が気を引き締めた矢先。
「うわぁぁぁぁん」
若夫人に抱かれた幼児がわんわんと泣き出してしまう。
彼女は体を揺らして懸命によしよしと幼児をあやしつけながら、キッと大成を睨みつけた。
「貴方のせいで子どもが泣いちゃったんですけど」
「あ、す、すいません」
マズイな、と大成は二の足を踏む。
このまま進めるのはよろしくない。
かといって子どもが泣き止むまで待つのか。
大成が逡巡していると、さらに良くないことが起こる。
「あー、知らないおにーさんが泣かせてるー」
「泣かせてるー」
若夫人の後ろから小さい兄妹が小走りでやって来て、揶揄するように大成を指さしてきた。
若夫人は彼らを注意しながらも、冷たい視線を大成にぶつける。
さっさと帰れよ、とでも言いたげな厳しい目だ。
「申し訳ございませんでした」
これ以上はクレームになると判断し、大成がきびすを返そうとした時だった。
「こんにちはーっ!」
大成の隣に躍り出てきたナナラが、膝をついて兄妹たちに目線を合わせてから、弾けるような笑顔で手を振った。
「こんにちはー!」
「こんにちはー!」
ナナラの向日葵のような空気に誘われ、兄妹たちは自然と明るい挨拶を返した。
そこからナナラはものの数分ですっかり兄妹たちと打ち解けてしまう。
それだけじゃない。
「泣かせちゃってゴメンねー」
すっくと立ち上がったかと思うと、今度は若夫人に抱かれた幼児まで笑顔にしてしまったのだ。
「すごいな」
思わず大成が感嘆の息を洩らすと、ナナラは嬉しそうに言う。
「わたし、子ども大好きなんだっ」
「子供同士、気が合うということか」
大成の後ろでビーチャムが皮肉っぽく口にしたが、呆れ半分でも感心はしているようだ。
「それで奥さま!おはなししてもいいですか?!」
ここでナナラが切り出した。
大成はハッとする。
ナナラは大成にウインクした。
「本日なんですが......」
いよいよ大成は本題へのアクセルを踏んだ。
ナナラのお膳立てにより、すでに営業の荒地には道路が舗装されていた。
若夫人の警戒心はすっかり解けていたのである。
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