第四三話 大通りの事件
アマルル王国との戦いを終えたヒューエンドルフ辺境伯の軍は、半年ぶりに帰還した。
防衛戦はかなり優勢で終結したが、その後のアマルル王国の南部都市群への攻勢は難があり、多くの損害を出す結果となっていた。
しかし勝者はプルーゲル王国であり、アマルル王国は領土を失った。
取り決め通り占領地はそのまま辺境伯領へと編入され、現在は辺境伯の親族が統治にあたっている。
騎士たちは消耗し、傷の付いた鎧を身に纏って馬を歩かせ、しばらくして都市の南門の前に到着した。
西門の方が近いのだが、わざわざ南門を使うのは市民に勇姿を見せびらかすためである。
「少し騒がしいな」
ホルストは馬上で呟く。
「左様でございますか?」
「戦は久しぶりだった上に勝利したわけだ。市民が喜んでいるのかもしれん」
そして門は開かれた。
騎士が一斉に入って行く。中央付近にホルストと騎士隊長がおり、前後が騎士によって囲まれている。
「金を返せ!」
「飯をよこせ!」
市民が彼らを囲む様に大勢集まって来て、各々の怒りを叫び始める。
「税を減らせ!」
「俺たちを何だと思ってるんだ!」
怒号を聞きつけ、更に他の市民が集まる。彼らはヒューエンドルフ軍の進行の障害になりつつあった。
ホルストや騎士たちは市民の怒りに驚愕した。戦争の始まる前に不満の声を聞いたとはいえ、半年は過ぎ、何よりも勝利したのだ。
何故市民が敵対的であるのか理解が及ばなかった。
「そこをどけ、無礼者! 平民がそれ以上近づくな!」
騎士隊長は苛立ちを抑えきれずに剣を抜き放つと、市民に向けて怒鳴る。
「五月蝿い! お前たちは大量に財宝を蓄えてるんだろ! 俺たちから奪う必要なんてなかっただろうが!」
その言葉を聞いたホルストはまたしても驚いた。まさか市民に知られているとは思ってもみなかったからだ。
辺境伯は市民に対して常に財政難であると伝えていた。
しかし隠していた事実が何らかの理由で知られてしまったとなれば、辺境伯家の信頼が地に落ちることとなり、既にそうなっているかもしれない。
「財宝のことは誰から聞いた?」
ホルストは市民に尋ねる。
すると、市民は少し困惑した。噂として広まっていたため、誰が言い始めたのかほとんど全員知らないためだ。
「冒険者たちだ!」
一人の市民はそう言った。
「何だと!?」
ホルスト始め、騎士たちは驚きを通り越して呆然としている様子だ。
「その冒険者の名前を言え!」
騎士隊長はその市民を問いただす。
「知らない! 冒険者が言っていたと誰かから聞いた!」
「くそっ!」
集まっている市民が殺気立っていることに対して、少し怯える騎士もいた。
ホルストはどのようにして市民を説得しようかと考える。
――その時だ。
集まったヒューエンドルフ市民を掻き分けて、ホルストに近づく男がいた。
騎士たちが気づいたのはかなり接近されてからのことである。
「止まれ!」
静止の声は彼の耳に届かず、騎士たちが剣を抜くまでの間に懐へ潜り込んで行く。
男の頭は丸坊主で、長い手袋越しに短剣を握っているようだ。
ホルストは避けようとするが、鎧が重く馬をすぐに動かせなかった。
彼はホルストの足を掴むと思い切り引きずり落とす。
――そして、彼はホルストの喉に短剣を突き立てた。
鎧の隙間を通り、喉に突き刺さったのだ。
一瞬の出来事でホルストは意識を失う。
血が勢いよく流れ出た。
犯人の男は短剣を刺したまま抜かず、そのまま焦った表情を浮かべて、また市民の群がる中へ突っ込んで行き、街の方へと逃げていった。
市民も突然の事態に驚き、何も出来ずに立ち尽くしている。
「ホルスト様!」
「お前たち、奴を追え! 平民は道を開けろ!」
騎士の一部は命令を受けて男の背を追う。その際市民を馬で轢くことに躊躇いはなかった。
「お前はホルスト様を担げ、急いで城に向かうぞ!」
残った騎士たちは最早悠々と大通りを闊歩することなど出来るはずもなく、急いで城へと馬を走らせる。
きっと命は既にないのであろうが、諦めるわけにはいかなかった。
西門近くの人の少ない裏路地に一人の男が息を切らせながら入って来る。
「はあ、はあ。おい、いるんだろ? 仕事は終わった、早く金を寄越してくれ!」
彼はホルストを殺害した犯人だ。何とかここまで捕まらずに逃げて来たようである。
しかし周囲には彼の声が響くばかりで、他の音は一切しない。
「おい、約束だろ? 早く出て来て――」
――その瞬間、彼の胸から血に塗れた短剣の切先が現れた。
「お前、裏……切っ……」
短剣は抜かれ、彼はその場に倒れる。
彼を背後から襲った男は黒い外套を纏い、顔は隠れて見えない。
短剣の血を薙ぎ払って鞘に収め、懐に仕舞う。
そして、しゃがんで死んだ男の手に触れる。
彼は死体の手袋を取り去ると、そこには黒い人工の義手が付けられていた。
ホルストを殺した男とは、少女が初めてヒューエンドルフに来た時、因縁をつけて夜に襲い、反撃を受けた時に両腕を失った荒くれ者である。
道端で乞食をしていたところ、とある人物から、魔法で作られた動かせる義手と金銭を見返りにホルストを殺すよう指示されていた。
ところが依頼人には初めから約束を守る気などなく、殺して後始末をつける。
義手を取り外して懐に入れると、その場を去って行く。
彼は陰に隠れたパウルが見ていたとは気がづかなかった。




