第三七話 食糧不足と重い税
都市ヒューエンドルフだけに限らず、ヒューエンドルフ辺境伯領の各都市はどこも騒がしい。
原因は言わずもがなアマルル王国との戦いに必要な食糧や費用の市民からの徴収に対する不満である。
本来このような特別の徴収など必要ないほどの財力があり、食糧に関しては王国の別の地域から買い入れれば済む話であるのだが、辺境伯はそれを拒んだ。
そのせいで今は市民が飢餓状態にあり、略奪が横行している。
冒険者たちが組合からの命令として運んでくる物資や、状況を知ったヴェルナーがコネを利用して送り込んでくれた商人たちが持ち込んだ物など、少しは助けになっているが、全くと言っていいほど足りない。
「かなり騒がしくなってますね」
「そうだな。かなり不安定だ。このまま何事もなければいいんだが……」
少女はいつもと違い、クラーラだけでなく冒険者組合長のベルントも共に都市ヒューエンドルフを歩いている。
目的はヴェルナーの知り合いの商人たちと顔合わせを行うことだ。ヴェルナーにはシュヴァルテンベルクにてすべき仕事が沢山残っているためすぐにこちらへ来ることは出来ず、何か役に立つ人間をと送り込んでくれていた。
食糧輸送に特化した者や武器の販売と手入れの出来る者などが既に到着している。
「とりあえず今は食糧が問題だ」
「食糧……は、十分な量がありますけど、価格が問題ですね」
少女は市場の方を見た。そこには麦の入った袋がたくさん積まれているが、買うものはほとんどいない。
そこにある食糧の量を均等に配分したとすると、本来は誰も飢えないはずだ。
何故飢饉が続いているかと言えば、食糧難と聞きつけて他の都市からやって来た商人たちが、平民に払えないほどの金額で販売しているためである。
要は食糧の価格が高騰しているのだ。
「アルトラント商人協会の長を務めているフーゴ・ディンケルって商人が来てるはずだから、先にそこへ行こう。話し合いたいと少し前から彼の側近に言われていたんだ。男爵の件についても知っているらしい。君たち二人も是非と言っていた」
「わかりました」
アルトラント商人協会は、アルトラント地方の商会や商人個人のほとんどが参加している組織で、ある程度物価や流通量を制御している。
アルトラント商人協会という名前であり、その影響力は基本的にアルトラント地方にのみあるが、本拠地はエルヴァドリア帝国の属州であるフェアヴァルブルクにある。
フェアヴァルブルク州は、エルヴァドリア皇帝の下で商会による自治が認められている。
エルヴァドリアはロベリス・ダ・トゥルシアーナ地方の国家であるが、フェアヴァルブルクのみアルトラント地方に含まれている。
そこはアルトラントとロベリス・ダ・トゥルシアーナを結ぶ安全な経路の一つであり、通行の要所として商人が沢山集まっている。
三人はしばらく歩くと一つの建物に到着し、扉を叩く。すると、護衛らしき人間が三人を中に通した。
「貴方がディンケルさんですね。よくぞヒューエンドルフへお越しくださいました」
「ええ。シュテルンさんですね? そちらが白黒英雄のお二人ですか」
「初めまして、カミリアです」
「クラーラです」
三人は商人の男フーゴ・ディンケルと挨拶を交わす。彼は四〇代くらいの痩せ形で、特別着飾ったりはしていない。
彼に案内されて三人は席につく。
「食料問題の方は解決できそうですか?」
「今のところは無理としか言えません。人員があまりにも足りていませんので、他にも知り合いを呼んでおきましょう」
「感謝します」
「本当は辺境伯がするべき仕事だというのに、金ならあるでしょう? 他のアルトラント諸国は一年分の食糧を蓄えていて普通だというのに、大国の要衝がこの有様とは呆れます」
フーゴは溜め息を吐いた。
「ああすみません、愚痴ばかり。わざわざここへ呼んだのには勿論理由がありまして、どうしても貴方に伺いたいことがあります。この街の市民は、昔から変わっていないのですか?」
「どういう意味でしょう?」
ベルントは彼の質問の意味が理解できなかった。
「確かにこの街はアルトラント人だけでなくスクラフ人も多く住んでいますから、価値観が違ってもおかしくないのですが……少し異常に思えます。何かに乗っ取られているような気がするのです」
彼の言葉にベルントと少女は驚きと焦りを覚えた。
もしかすると何らかの魔獣の類が住み着いているかもしれないと考えたからだ。
「今すぐにでも、原因の捜索と退治をしましょう」
ベルントは立ち上がって言った。
「落ち着いて下さい。冒険者の方々が沢山生活されているのに今まで誰一人気づかなかったのですから、簡単には見つけられないでしょうし、私自身例えで言ったつもりです」
「例え……ですか」
彼は座り直した。
「他の街にも無能な指導者というのはいくらでもいます。ですが、彼らに対する市民の反発はこの街ほど強くありません。考えてみて下さい、領主を殺せなどとはっきり叫んで処刑されたものが何人もいるというのに、未だに収まらないのです。普通なら逆らわないでおこうと黙り込むものでしょうし、そこまで堂々と敵意を向ける者は本当に珍しいです」
少女とベルントは納得が行った。フーゴはヒューエンドルフ市民の異常性を指摘していたのだ。
「ではどうすれば良いのでしょうか」
「私の知ったところではありません。私は商売をしに来たのであって、政治をしに来たわけではありませんからね。ですが、折角用意してくれた市場がそれで崩れてしまっては意味がないので助言は致しましょう。白黒英雄のお二人、特にカミリアさん。貴女なら解決できるかもしれません」
「わたしですか?」
「ここの市民の声をよく聞けば、心の拠り所を冒険者たちにしているような気がします。となると、白黒英雄と呼ばれる貴女が一番支持されているでしょう。貴女の言葉があれば市民は安心するでしょうし、一先ず混乱は落ち着くでしょう」
彼はそう言ったが、少女はあまり納得出来なかった。それほどの影響力はないと考えている。
「もし混乱が落ち着いても、食糧価格が高騰しているのは事実ですから、いずれ暴動になります」
少女は自身の考えを告げた。
「仰る通りです。結局この問題は、領主が主導しなければ解決しない。男爵にとっては、都合が良いかもしれませんがね」
「新たな領主になる大義名分ですか」
少女は少し悲しい顔であった。
「ともかく、これからよろしくお願いします。計画が進めばあなた方の武器を手入れしたり、新しいものを調達しなければなりません。是非とも我々を頼って下さい」
「ええ。ありがとうございます」
「武器で思い出しました。ここにはディーター・クレヴィングという武器商人が来ているので、一度話されてはいかがでしょう。話は落ち着いて出来る時にしておくべきです」
「わかりました」
しばらくして、話し合いは終わった。




