第三三話 クラーラの望み
フーベルトとの会話を終えた少女は、全員が退出した後に部屋を出ると、クラーラのいる部屋の扉を叩き、中に入る。
「クラーラ、待たせたな。調子は良くなったか?」
部屋に入ると、窓の外を椅子に座って眺めるクラーラの姿があった。神妙な面持ちである。
クラーラは少女の方へ振り返った。
「すみません。少し気を失ってました。もう話し合いは終わりましたか?」
「うん。だけど、また気を失ってたのか?」
フーベルトとの会話の前、クラーラは感情が揺らぎ、何かを言って気絶し、そして誰かに乗り移られたかのように部屋を後にした。
クラーラが言うには、その後も気絶したということなのだ。
「気を失うのは初めてだと思うのですが……」
「もしかして、クラーラが言ってた〝小さなものでも長く結びつけば――〟ってのは覚えてない?」
「何のことかわかりません……」
「そうか……」
部屋に僅かの静寂が訪れる。
「考えてたんだけど、クラーラは尸族だから、その体は元々生きてた人間が使ってたものなんじゃないかって思うんだ」
クラーラは珍しく真剣な表情となり、彼女なりに考えた。
「カミリア様の前代の方は、私をどうやってつくったか何も仰いませんでしたから、わからないです」
「尸族は、個体によっては魂だけじゃなくてその体もつくり出されたものってことがあるらしい。だけど、『その尸族は恨みを込めて美女の姿にしたのだが、恥ずかしながら話しているうちに愛着が湧いてしまった』って、前代の不死鳥継承者が日記に書いてあったんだよ。だから、元々憎んでた人を尸族にしたんじゃないかなって思うんだ。クラーラに直接言って良かったのかはわからないけど、知っておいて欲しい」
「創造主様のお言葉でしたら、どんなものでも嬉しいです」
クラーラは少女の言葉を好意的に受け止めた。
「ですけど、あの方が誰かを恨むというのはわからないです」
「どうして?」
「あまり人間のことを話さない人でしたから、人間には興味がないのだと思ってました」
「そう言ってもな……。不死鳥の魂を継承したからって、寂しくなることはある。だから、クラーラをつくるまで孤独に過ごしてたっていうのは信じられないな。何年生きたのかは知らないけど」
少女は自身の変化をよく理解しているつもりである。五感は以前より鋭くなり、三大欲求は大抵減少し、代わりに生きているという実感が際限なく増大していた。
それは少女にとって苦しいものであるはずなのに肉体がそう感じておらず、心との乖離に苦悩している。
「もしわたしの体に故郷があるなら、行ってみたいです」
珍しくクラーラが彼女自身の望みを言ったため、少女は笑顔になった。
「わかった。クラーラの体がもし誰かの体を借りてるってわかったら、一緒に探そう」
「ありがとうございます。カミリア様の故郷はどこなのですか? わたしの創造主様に呼び出されるまで、どこかで過ごされていたのでしょう?」
少女は少し迷ったが、クラーラにならば言っても良いかと考えた。
「誰にも言ったことないし、他の誰にも言わないって約束してくれる?」
「わかりました」
「わたしの故郷はヴラファラーシュ帝国。知ってる?」
クラーラはぽかんとした。
「知らないです」
「そうだよね。別の世界の国だもん」
クラーラはまたしてもわからないという表情である。
「まあ、わたしの勝手な予想だよ。この辺りと全然違うところだから」
少女は軽く言ったが、対するクラーラは少し悲しみを含む顔をしていた。彼女は初めて人に対して悲しみを見せたのだ。
「それは……帰れるのですか?」
「…………帰れないと思うし、帰りたいとは思わないよ。碌でもないところだったから」
少女は悲しさと微々たる怒りを含む表情である。
「そうですか……」
「でも、クラーラの体の故郷探しはかなり先になると思うよ。男爵閣下の計画は時間がかかるから、その後にね」
「それまでは不死鳥を次の方に継承しないって、約束して下さいますか」
クラーラの珍しく覇気ある声に、少女は彼女の顔を窺った。
「……うん。いいよ、約束する」
(…………)
少女がどうして不死鳥の魂を別の存在に継承したがっているのかクラーラにはさっぱりわからなかったが、自身の頼みを聞いてくれるとわかり、ほっとした。
「クラーラのことを知るなら何から探せばいいのか全くわからないな。どこかで不死鳥のことを知るための本を買えたらって思ってたけど、尸族のことも調べないとだめか。誰でも使える図書館のない世界って、退屈なんだな」
少女は独り言のように呟いた。
「図書館、前代の不死鳥様から聞いたことがあります」
クラーラの言葉に、少女は感激した。
「それ、どこにあるのか知ってる?」
「森の中とは聞いたことがあります。それにあの方曰く、その図書館に行って知れないものはないらしいです」
「森か…………。前代の不死鳥の日記を読んだ感じだと、魔法と生き物とかにしか興味がなさそうだったから、歴史まであるかはわからないか」
「そうですね」
「まあとにかく、クラーラの体調がよくなったみたいで安心したよ。取り敢えず組合に行こう」
「はい」
少女の差し出した手を、クラーラは握った。
これからの両者の人生、少女は少しずつ人間らしさを失い、対するクラーラは得ていくのであった。




