第三一話 冒険者という存在
「おい、どうかしたのか?」
部屋に入ってきたのはベルントであった。
「君たちには少しの間合っていなかったが、クラーラ君の様子が変じゃないか?」
ベルントは部屋を出たクラーラとばったり出くわし、話しかけたが睨みつけられたと思えば、そのまま隣の部屋に入って行ったということがあり、動揺していたのだ。
「え、ええ。お久しぶりですシュテルンさん。クラーラはちょっと疲れてるみたいで、隣の部屋で休むそうです」
「そういうことか。君も疲れているだろうから、次の機会にしてもいいんだぞ?」
「いえ、結構です」
少女は動揺の感情が依然残っている。しかしながら今はその件について気にしている場合でないと思い、ベルントやこの後現れるであろう貴族との話し合いを優先しようと考えた。
「まあ無理はしないようにな。それから聞いたぞ、もう一級になったのか? それにヴェルナーとも話をつけてきたそうじゃないか。本当に大したものだ。それから、感謝している」
「ありがとうございます」
「例の人物が来るまで少し時間があるから聞きたいんだが、シュヴァルテンベルクで何があったんだ? 只事じゃなかったんだろう?」
「はい。実はヴァイテンヘルムさんのお屋敷が襲撃されて、それどころかシュヴァルテンベルクの伯爵様が殺されてしまいました。犯人はギルベルタ盗賊団です。その場にいた冒険者や衛兵の方々、ヴァイテンヘルムさんの騎馬隊の方々と協力して、何とか撃退出来ました。今はヴェルナーさんの娘のエルナ様が新たな女伯として国の復興に勤しんでおられます」
少女は伯国で起こった事件を簡潔に伝えた。
「そんなことがあったのか……災難だったな。今の状況で、ヴェルナーは来ると言ったのか?」
「少しの間は女伯様の統治の手伝いをされるそうですけど、今回の事件解決の礼として来てくれるそうです」
「そうなのか。本当に君たちの手柄だな。国の危機を救ったともなれば一級で当然だ。それは男爵閣下にも……いや、もしかしたら知ってるかもな」
「もうそこまでの情報を仕入れてるかもしれないんですか?」
「ああ。一体どうやってるのかは知らんが、本当に情報収集能力に長けているらしい……と、ハルトヴィンが言っていた」
「シュヴァルテンベルクにお知り合いでもいるのでしょうか。話は変わりますけど、男爵閣下がこのようなことに平民の力を借りると言うのは意外でした。言いふらされたりしたら大変なことになるかもしれませんのに」
「平民と言っても冒険者だ。ある意味一つの地位と言ってもいい。信用の度合いは他の平民と雲泥の差だ」
「そうなのですか? あまり変わらないものかと思ってました。身元を伝えてないわたしでさえ冒険者になれたものですから」
少女は何も気にせずそう言ったが、彼は意外だという表情になる。
「そうか……赤い外套の英雄は知ってるか?」
「いえ、知りません」
「なら話しておこう。冒険者の成り立ちの話だ。俺の言ってる意味も理解してくれると思う」
「冒険者の成り立ちですか?」
「そうだ。一人の冒険者として、自身の職業がどうやって生まれたのかくらい知っておいた方が良いだろう」
「そうですね。聞かせて欲しいです」
彼は深呼吸すると語り始める。
「赤い外套の英雄ってのはもう名前も忘れられた男のことだ。彼が冒険者の始まりだと言われている。確か三〇〇から四〇〇年くらい前の、丁度ヴラヒアの支配が終わった頃のことだ。大陸中で新興の王国が次々に誕生していくわけだが、解放されたのは人間だけじゃなかった。ヴラヒアの抑圧は厳しいものだったが、抵抗しなければ命は保障された。そのおかげで当時の人間は亜人や魔獣と戦わずに済んでいた」
「ようやく自由を手に入れたと思ったら、すぐに危機がやって来たんですね」
「そうだ。解放された化け物と戦い始めるようになって、初めは何とかやっていけたんだが、強大な魔獣が現れたときにはどこの軍も相手にならなかった。それで人類の敵だなんて呼ばれるようにもなって、誰かが倒さなければ人類の将来が危ういとまで言われた」
ベルントは一呼吸置いた。
「彼はそんなときに現れたんだ。農民の出身だったが剣の腕が人一倍あってな、魔獣相手に戦い続けた。その旅の途中で三人の仲間を得てさらに強くなって、最後には人里にやってくる魔獣を殆どなくした。だから彼は〝危険を冒す者〟、冒険者と呼ばれるようになったわけだ。それで何とか人類はことなきを得た。それ以来彼らに憧れた者が冒険者を名乗って各地で魔獣相手に戦い始めて、諸国からしても必要な存在だったから、さっき言ったようにある意味一つの地位になった。この話は有名な伝説として広まったし、恩恵も影響力も大きかったから各国は解体するわけにもいかなくて、冒険者の反発を恐れた結果、武装できる市民という形に落とし込んだ。それが今も続いてるってことだな」
ベルントは時系列順にざっくりと説明した。少女は話の殆どに納得がいったものの、一つだけ疑問を持った。
「そういう過去があったんですね。気性の荒い冒険者でも市民に受け入れられているのは、冒険者という存在自体尊敬されているからってことですか。ですけどわたしもさっき言ったように、冒険者になるのが簡単すぎませんか? これだと冒険者で溢れてしまうと思うのですが、どうしてそうならないんでしょう?」
少女の疑問は純粋なものであった。
「簡単……か。君はそう感じたかもしれないが、普通は違う。冒険者として働くには武器を買う必要がある。その金が普通の平民にあると思うか? 武器の使い方は誰に教わるんだ? それに何よりも、登録書類の内容を理解して自分の名前を書ける者が、どれだけいると思う? 冒険者ってのは初めからある程度金がないと始めることさえ難しい。だから人数も大して多く無いわけだ」
少女は彼のその言葉を聞いて己を見つめ直した。
(剣は偶然持ってた。使い方なんて知らないけど、不死鳥の力があるから死ぬことだけは恐れなくてよかった。それに、文字の読み書きは幼い頃から教わっていた。それは普通だと思ってたけど、ここだと違う。わたしは……本当に運がいいんだろうな…………)
「そう落ち込むな。知らなかったなら仕方ない。お人好しなのはいいが、今回の計画でそんな事を言ってられないのは分かってるな?」
ベルントは忠告した。
「はい。大丈夫です」
「まあ実際、冒険者はもうそろそろ限界が来てたんだ、話しただろう? 魔獣が減って仕事がなくなって、雑用をする奴も増えたし、基本的にはお偉いさんの護衛が多い。こうして新しく大きな雇い主ができたことは、俺たちにとってこれ以上ない機会だった。男爵は俺たちの状況を知っていたから、話に乗ってくると考えたんだろう」
「そうですね。尸族の母とオークの軍勢が立て続けに来ていたので、仕事はあるものだと思ってましたけど、あれ以来殆ど見つからなかったです」
「あれは本当に珍しかった。魔獣駆除ばっかりで亜人の相手は冒険者にも経験がなかったからな。ともかく、あの戦いが冒険者らしい最後の稼ぎだと思っておけ。この先計画が始まるまでは多少ひもじい思いをするだろう」
「はい」
そして、ベルントがまた何か語り始めようとしたその時だ。
会議室の扉が廊下側から叩かれた。




