第二五話 アマルル王国問題
変わらない普段通りのヒューエンドルフ。中央に聳え立つ城の一室では、辺境伯たちが集まって会議をしている。
「アマルル王国によるエンデ半島南部領地の要求が強まっているとの旨を陛下にお伝えしたところ、王都より兵を募るとの手紙を賜りました。閣下には諸侯の軍を駐屯させる用意を求めているとのことです」
フーベルト・フラム・レオポルト男爵が言った。
「半島の連中は結局戦をするんだな?」
「間違いないと思われます」
「懲りないな、全く。また神の思し召しとでも言ってきたか?」
「そのようです」
辺境伯マインラートはため息を吐いた。
騎士たちは何も口出ししない。かつての威張った態度を避けていたのだ。それは以前のオークとの戦いでホルストを見捨てて逃げたことに対して自責の念を示すためである。
処刑されていないだけでも寛容な処置と言える。
「陛下がそうおっしゃったのであれば、従うのは当然だ。費用の方はどの程度持って下さると?」
「…………全額、閣下の負担とのことです」
男爵の言葉を聞き、辺境伯は驚愕する。
「ぜっ、全額だと!? どうして私が払わなければならんのだ?」
「閣下の領地を防衛するためだからでしょう。それに、陛下は今回アマルルの領土に侵攻して併合することを考えられているそうです」
「財が溜まりつつあるというのに……。いや、滅ぼしたアマルルが私の領地になるなら、多少は採算が取れるか?」
「それに関しましては、全域閣下の領地にして良いと陛下がおっしゃっているそうです。ですが、王都まで侵攻されるおつもりはないとのことですから、いくつかの都市を割譲するにとどまると思われます」
「それで、利益は出るか?」
「出費を回収し切るにはかなり時間がかかるでしょう。それに、もし仮にアマルル王国領を閣下が統治なさるとなれば、聖ウーブ教の信者の問題や、白海で多発している海賊の問題を抱えることとなります」
男爵の言葉を聞いて、辺境伯は苦い表情となる。
「押し付けられてしまったか。だがここは仕方ない。取り敢えず陛下のご命令に従おう。男爵、アマルル王国付近の我が都市に諸侯の軍を駐屯させる準備をするよう伝えておけ」
「かしこまりました。それからもう一件報告がございます。冒険者からこの前のオーク撃退の件について、請求書が届いております」
「適当に無視しておけ」
特に考えることもなく、たった一言吐き捨てた。
「……ですが、あれは冒険者がいたからこそ――」
「奴らが勝手にやったことだ。私は雇っていない。これ以上出費を増やさせるな」
辺境伯は冷たく言った。
「お待ち下さい父上」
すると、ここまで一度も発言してこなかった辺境伯の息子ホルストが口を開く。
「ここは報酬を与えるべきでしょう」
意外な発言に、辺境伯と男爵、そしてその他周囲の皆が驚いた。
「息子よ、それはどうしてだ?」
「男爵が言うように、冒険者がいたから今のこの都市があるのです。私、そして父上が殺されていてもおかしくありませんでした。感謝の印として、妥当な金額を用意しましょう」
その言葉を聞いたフーベルト男爵はまだ驚きの表情が消えない。
しかし、辺境伯は違った。
「冒険者に頼らなければならないという状況自体が間違っているのだ。奴らがもし私よりも大きな力を持っているのなら、反逆の準備とも言える。金を払うどころか冒険者という古臭い制度自体廃止してしまうべきだ。少なくとも私の領地の武力は私の制御下にあって当然だろう」
彼の発言は、統治者としては間違っていないかもしれないが、人としてはというとそうでない。
「閣下の仰ることは間違っていると言えませんが、冒険者に対する支払い拒否の理由にはなりません。拒否するからこその危険性もあります。冒険者とは歴史ある職業です。彼らにも自負心がありますから、簡単に貶すべきではありません」
フーベルトはホルストの賛成を貰えたことに複雑な心情であったが、ならば上手く利用しようと考えてそう言った。
「父上、私も男爵に賛成です。冒険者の処遇は後からどのようにでも出来ます。とにかく今は、ヒューエンドルフのために命懸けで戦った者たちに褒美を与えるのも、統治者としての役目です」
フーベルトはホルストを見る。彼の人間性が大きく変わったのだと理解した。
「…………。今すぐは無理だ。アマルルとの戦争、それが終わってから考えよう。だが、ヒューエンドルフの冒険者組合は無くす方向で検討する」
「私の意見を聞き入れてくださり、ありがとうございます」
ホルストが軽く会釈すると、フーベルトは無言で頭を下げた。
(この状況は……より多くの冒険者を味方にできるな)
彼は顔に出さないが、内心北叟笑んでいた。
(ホルスト様は考えを変えられたのか。それは少し厄介だな)
彼はホルストに対する評価が変わる。内心ただの考え無しくらいに思っていたのだが、統治者としての風格が表れてきたように感じた。
そして、会議は別の話題に移って行くのだった。




