第二四話 戦の鬼才
「何処から語りましょうか…………。そうだ、若い頃のことです」
ヴェルナーは少し前屈みになると、落ち着いた様子で自身の過去を語り始める。
「父が侯爵だった時のことです。私は無駄に体力があったので、戦になれば何があっても参加しましたし、常に武勲を求めて奔走していました。こう見えて昔は槍を振るっていたのですよ。損害なんてお構いなしに、ひたすら部下をこき使って戦いに明け暮れていました」
少女は真剣に聴いている。
対してクラーラはヴェルナーの方を見てはいるものの、内容はあまり頭に入っていない。
「そんなせいで他の貴族とはあまり友好関係が築けなかったのですが、幼馴染のベルントだけは唯一友人と呼べる存在でした。彼は平民で私は貴族、深く関わるなと父に言われていましたが、隠れてよく会っていました。彼はあの頃から将来は冒険者になると言っていましたよ。実は彼と打ち合ったこともあるんです。一度も勝てませんでしたがね」
エルナは驚いたような表情をしている。唯一の血の繋がった家族でありながら、聞いたこともなかったのだろう。
「何年前のことでしょうか。バファリア王国との戦争が始まり、プルーゲル王の呼び出しを受けて、領地の兵を皆動員して戦地へ赴いたのです。他の有力な貴族は誰も力を貸さなかったのですが、侯爵位を継いだ私は未だに戦好きだったものでして、すぐに行くと決めました。その頃にはもう槍を振り回す様なことなんて出来ませんでしたがね。これほどではありませんが既に肥え始めていました」
はっはっはと彼は笑った。
少女は相槌を打ちつつ真剣に聞いている。
「戦は基本的に騎士が主体となって行われるものなのですが、私は平民も大規模に徴兵して戦わせました。しかし相手からは気づかれないようにしていたので、戦の鬼才だなんて呼ばれるようになったのでしょう。そしてバファリアとの戦争では、私の軍はかなり猛威を振るったと自負しておりますが、人数差に圧倒されて王国は敗北しました」
「普通の貴族は平民を戦わせないのですか?」
少女は疑問に思ったため尋ねた。少女のかつていた世界において、一般市民が徴兵されて戦争に行くのはごく普通のことであったためだ。
「そうですね、騎士が戦います。弓兵や囮として少し動員する貴族もいますが、騎士が主体です。あとは傭兵でしょうか。ですが騎士や傭兵は、雇い主の前では威勢がいいですけど、戦場に出ればあまりにも臆病です。騎士は平民に容赦をしませんけど、同じ騎士相手では適当に小競り合いするだけですし、傭兵は予め敵と話をつけ、儲けを出すために戦を長引かせます。勿論、例外もいましたが」
ヴェルナーは柑橘系の果汁が少し入った水を一口飲んだ。
「私は決戦が嫌いです。可能なら移動中の敵を奇襲し、一人残らず殺しました。領民には卑怯だと言う者しかいなかったので困るのですが、私はそういったものも含めて戦だと考えていましたし、今も変わりません。ですからそれを続けていたのです」
少女は彼の考えに賛成だった。少女のいた世界において、戦争中はいつどこで誰が死んでもおかしくなかったからだ。
「少し話がそれましたね。事件が起きたのはバファリアとの戦の帰りです。私が城に着いた時……そこは燃えていました」
少女は驚いた。あまりにもあっさりと言われてしまったからである。
「襲撃でした。私のいない時を狙って。私の領民の反乱だったのです。城にいた親族はほとんど殺されてしまっていたのですが、娘のエルナだけは無事でした」
彼は娘を見つめる。
「そう、私はシュテルンさんに助けられたの」
エルナは少し哀愁のある顔で言った。
「彼はエルナだけは何とか助け出してくれていました。愚かな私を助けてくれたのです。私はここでようやく、どれだけ周りに迷惑をかけて来たか知りました。戦争に戦争を重ね、民の生活を奪い、卑怯者だと言われ、恨みを買っていました。ここでようやく、もう戦はしないと決めたのです」
「……」
少女は何と言って反応すればわからず、無言でいた。
「お父様が爵位を捨てたのはここから少し経った時だったわ」
「そうだな。プルーゲル国王に領地を返上して、エルナと一緒に色々なところへ行きました。慣れない商人として」
「商人になったのはそこからだったのですね」
「初めは南のロベリス・ダ・トゥルシアーナ地方にあるエルヴァドリアに言ったんだけどね、あそこの雰囲気は肌に合わなくって、結局アルトラント地方に戻って来たの」
「どのような感じだったのですか?」
「なんて言うか……落ち着かなかったわ。宗教が違うってのもあったと思う。でも、大衆文化がかなり強く感じられて良かったわ。音楽が盛んだったの。それに海が近いから魚介が結構食べられるんだけど、それはあんまり私に向いてなかったわ」
エルナは懐かしい思い出を語った。
「音楽ですか。いいですね」
少女は宗教や食事よりも音楽に興味を持った。
「そういえばお父様、倉庫に南方の楽器が残ってなかったかしら?」
「ん……。いや、多分売ってしまったな。カミリア殿、お見せできなくて申し訳ない」
「いえ。話を聞けてよかったです。いつか行ってみたいものです」
「これから忙しくなりますから、随分と先になりそうですね」
「そうですね」
少女は少しの不安を覚えた。
「一つ聞きたいことがあります。ウドは今もヒューエンドルフにいますか?」
「ウドさんってどなたですか?」
「一度会われたはずです。私の甥の、坊主頭の男です。初めの依頼を持ちかけたのは彼だったでしょう?」
少女は誰のことについて言っているのか理解した。あれ依頼会うことがなく名前を聞いていなかったため、すぐに思い出せなかった。
「あの方は……長い間会っていないのでわかりません。ウドさんが何かされるのですか?」
「軍を指揮するには彼の力が必要不可欠です」
少女はそれを聞いて意外だという表情をした。
「ウドさんは軍の指揮が出来るのですか?」
「直接指揮するかというと違います。私の判断を手助けする役目です。私は参謀と呼んでいます。まあ、昔のヴラヒア軍の真似事ですよ。他のどの貴族も使いませんがね」
(参謀か。火器さえないこの世界に……いや、馬鹿にするのは良くないか。きっとヴェルナーさんがそれだけ優れた人なんだろう)
少女は軍事について、父の影響によりかなり理解がある。であるからこそ、ヴェルナーの軍人としての先見の目に感銘を受けた。
「わかりました。いらっしゃるかはわかりませんけど、シュテルンさんに協力を仰いで探します」
「よろしくお願いします。もう一つ大事なことを言い忘れていました」
ヴェルナーは少し神妙な面持ちとなり、少女は緊張感を持って聞く。
「ヴラヒア軍の表現を使って言うと、私は戦略家でなく戦術家です。ですからバファリア相手に敗北したのです。私を戦争で用いるというのでしたら、どの戦場にいつ送るか決定する指揮官が欲しいです。そうして頂けたならば、その地での勝利は約束できます」
「えっ!?」
彼の言葉は思いがけないものであり、少女は瞬時に致命的なものだと察した。
「お力にはなれませんでしょうか?」
(そんな……。だけどここで引いても仕方ない。取り敢えず呼び込みだけでもしておこう)
「協力して下さると助かります。よろしくお願いします」
「わかりました。力になれるよう努力します」
両者は相手の目をしっかりと見て握手を交わす。
しばらくして、食事は終わった。




