第二一話 ここへ来た理由 その一
叙勲したその夜、少女とクラーラはエルナに誘われ、伯国の宮殿にて夕食を取っていた。彼女の父ヴェルナーも同じ机を囲んでいる。
少女とクラーラの外套の勲章が、シャンデリアの光を受けて輝いていた。
「何度も言っているけれど、あなたたちは伯国の危機を救ってくれた英雄。だから、こんなことを言ってはいけないんだろうけど、勲章みたいに名誉としての価値しかないものじゃなくて、何か高価な物で感謝したいと思っているの。急いで貴金属を細工する職人に頼んで作ってもらったものだからね。何か欲しいものはあるかしら?」
エルナは少女に心の底から感謝しているのだ。だからこそ、何らかの品を渡したいと考えていた。
「いえ、私は特に。組合の方から後日報酬をいただけるとのことなので、大丈夫です」
それは本心であるが、別の想いもあった。
「遠慮しなくていいのに。クラーラさんは?」
「えっと……カミリア様、今回ここに来たのって、商人の人を呼ぶためじゃありませんでしたっけ?」
ふとそう言われて、少女ははっとする。
あることを、何故シュヴァルテンベルクを訪れたのかを、完全に忘れていたのだった。
遡ること数ヶ月前、少女がオーク軍を撃退してからしばらく経った時の、ヒューエンドルフでのことだ。
組合から呼び出しを受け、クラーラを一階に残して会議室のある二階へ続く階段を登る。
そこは少女にとって何度も訪れたことのある場所だ。扉が開かれると、中央にある大きな机をたった二人で囲んでいる。
最高指導者ハルトヴィンと組合長ベルントという、錚々たる顔ぶれだ。
「よく来てくれた。さあ座って」
ベルントがそう言うと、少女は部屋に入って空いている席に掛ける。
「忙しい中よくお越し下さいました、カミリア殿。そして今回のご活躍、プルーゲル王国冒険者協会の最高指導者として、心より感謝いたします」
そう言って彼は頭を下げた。もともと丁寧な性格であることは知っていたが、そこまで褒められると少女は照れ臭さを覚えた。
「君の戦果に見合った報酬はまだ用意できない。今は見積もりを立てている最中で、近々城へ請求書を出しに行く予定だ。少しの間、待っていてくれるか?」
「はい」
少女は今のところ金銭に困っていないため、いつでもいいと考えている。
「では、今日君をここに呼び出した件だ。本題に入ろう」
ベルントはハルトヴィンに目配せした。
「貴女にいくつか質問したい。答えて頂けますか?」
「はい。わかりました」
「まず初めに、あなたはどこから来られたのですか? そして、少し前に冒険者となったそうですが、以前は何をしていたのですか?」
ハルトヴィンの質問に対してどう答えるべきかと少し悩んだが、しばらくして口を開く。
「わたしは遠くの国から来ました。クラーラと旅をしていたのですが、この辺りをたまたま通りかかった時にパウルさんたちと出会いました。それで感銘を受けて、冒険者を始めました」
ハルトヴィンは頷き、真剣な表情でまた質問する。
「遠くの国というのは、具体的にどこですか?」
「それは……答えたくありません…………」
少女は自身の本当の生い立ちについて語るつもりなど微塵もない。
それにここが少女の知らない世界である以上、言ったところで理解されないと考えていた。
「話し方からして南の人間なのはわかる。エルヴァドリアとか、そのあたりだろうか。……いや、今は詮索をする時じゃないな」
ベルントは一度深呼吸をすると、少女の目を見て言う。
「カミリア君、君はこの都市に最近訪れたと聞いたが、この王国に来てから何番目に訪れた都市だ?」
「……一番目です」
「ならば聞きたい。この王国に思い入れはあるか?」
「……どういうことですか?」
少女は質問の意図が一切分からなかった。
「この王国に、というよりはこの国の王室プルーゲル家や辺境伯のローデンヴァルト家に対する……何と言うか、特別な感情のようなものは抱いていないか?」
ベルントはかなり回りくどく言う。
「忠誠心……という意味なら、皆さんの前で言うのは少し躊躇われますが、正直に言うとありません。尊敬はしますけど、忠誠は誓えないです。他の国から来た者ですから」
少女は当たり障りのないように本心を伝えた。
「別に気を使う必要はない。それで、君はこの都市に来てから色々なものを見たと思うが、率直な感想を聞きたい。この都市の政治についてだ。はっきり言って、満足と言えるか?」
「……わたしに何か言う権利はないと思います。ここに来てからまだ日が浅いですから」
「まどろっこしいな。ハルトヴィン、はっきり訊くか?」
「そうしましょう」
ハルトヴィンは姿勢を直し、少女の瞳を少し見つめてから話し始める。
「カミリア殿、我々はこの都市の政治に対して不満を覚えております。あなたの生まれ育った国に比べてどうかは分かりかねますが、人々が日々の生活に苦しんでいるというのが、ヒューエンドルフの市民をご覧になった時、思われませんでしたか?」
彼は感情に訴えかけるような声質で言った。
「それは……はい。そう感じました」
「私、いえ我々はこの現状を放置していられないのです。統治者とは税を徴収する対価として市民を守ることが役割です。であるのに現辺境伯は私腹を肥やすために権力を乱用し、市民を奴隷化しています。それは決して許されないことです。私はこの現状を、今こそ変えたいと考えているのです。これは種族間の争いではなく、人間の中での問題なのです」
ハルトヴィンは外に響かないほどの大きさの声で熱弁する。
「つまり、この王国を討って新たな国を建てようと、そうおっしゃるのですか?」
「最終的にはそうなる」
「わたしを呼んだのは、その計画に参加させるためということですか……」
「強制しているわけではない。だが、この話をしたからには……な」
(参加しないならこの街に居させないってことか? 元々外から来た人間だし、当然か)
しかし、決して少女は臆することがなかった。




