第一一話 作戦会議
「私が集められた衛兵はたった五名でした。街の中では衛兵狩りが始まっているようでして、すでに捕縛され連れ去られたものや、その場で殺されたものなどが多数のようです。私も衛兵の服を着ていては殺されかねないと判断し、公務中ではありますが別の服を着させていただきます」
シュヴァルテンベルク伯国の衛兵隊長シュテファン・ヘルマーは自身の行動結果を告げた。
時刻は昼を過ぎ夕方になりつつある頃合いだが、状況は悪化の一途を辿っているようだ。
このまま事態を放置していては本当にこの国が滅びかねない状況にある。
「我々ヴァイテンヘルム卿の騎馬隊員は亡くなった二名と現在の護衛、そして偵察に出かけている三名を除く総員一〇名が集まった。大きな戦力となることを保証しよう」
ギルベルタ盗賊団の襲撃によって殺された二名を除く全員が集まれたというのは、今回の計画の成功に一役買ってくれるであろうと、この場に集まった全ての人間が確信した。
「本当に頼もしい。それに、この場の二〇名強の冒険者の方々にも本当に感謝する。ぜひ力を貸していただきたい」
この街には書類上八〇名ほどの冒険者が存在する。
そのうちの四分の一しか集まらなかったわけであるが、それは自身の養う家族を盗賊の理不尽な略奪から守るためであった。
決してこの危険な計画に参加したくないと考えただけではなかったのだ。
つまりここに集まっているのは、守るべき家族がいない、あるいは家族以上に忠義を大切にするという愛国者、忠誠心の持ち主か、冒険者としての職務が最も大切なものだと考えているものたちだ。
「まずはこの地図を使って状況を整理しよう。敵の配置等もわかれば教えて欲しい。それに応じて計画を立てる」
建物一階のロビー中央にある大きなテーブルにはこの街の地図が広げられており、またその横には宮殿の構造が記された図面も置かれてある。
「わたしたちが調べた限り街を巡回している盗賊は大体三〇〇名ほどで、その多くが五人一組です」
「そんなに!?」
「この計画のために別の都市からも招集したのでしょう。一つの組を追跡してみたところ、巡回経路は決まっているようです。例えばこうです」
少女ら二人はこの街に知り合いの冒険者などはいないため、先ほど解散した後は情報収集に勤しんでいた。
ただ街を歩いているだけでも盗賊に危害を加えられる可能性があったため、屋根伝いで高所から偵察したのだ。
少女は自身が見た盗賊たちの位置を、地図の上に石を置くことによって示す。
そして追跡した一組についてはペンを使って経路に線を引き、矢印で方向を示した。
「なるほど、敵は予想以上に多いようだ。しかしそれは全員を相手にしたらの話。やはり宮殿内に侵入してお二人を救出し、その後殲滅戦に移るべきだろう」
騎馬隊長ブルーノは提案する。
「ええ。直接攻撃すれば道連れに殺す可能性があります。救出が最優先です」
集まった全員が賛成する。
「救出作戦において重要なのはお二人の宮殿内での位置だ。それに応じて計画を変える必要があるし、仮にお二人が別々の場所に監禁されているならば救出は困難を極める。情報を得た者はいるか?」
当然誰もいない。少女は宮殿の直接的な偵察は外から見える範囲で行ったが、見えたのはせいぜい建物周囲の盗賊たちで、内部はほとんどわからなかった。
――その時、入口の扉が開かれる。
「隊長、ただいま戻りました」
服装は周りの冒険者たちと変わらなかったが、腰に帯びている剣で目の前の男が誰なのかは大体察しがつく。
偵察に出ていた騎馬隊の三人が帰って来たのだ。
「よく戻った。成果を報告しろ」
「はっ。まずはこれをご覧ください」
そう言って戻ってきた騎馬隊員は紙を取り出し、机の上に広げた。
その瞬間、周りの冒険者たちと衛兵たちはあることに疑問を抱いた。
広げられた紙は、既に机に展開されていた宮殿の構造が記された図面の複製であり、そこにはいくつかの書き付けがあった。
しかし、疑問の対象はそれでなかった。
その紙には赤い液体が付着していた。
そして、紙を広げた騎馬隊員の手もまた、真っ赤に染まっていた。
「騎馬隊員殿、その手は……」
衛兵隊長が恐る恐る尋ねる。
「先ほど宮殿から出てきた盗賊の一人を拘束し、情報を吐かせました。その際のことです、お気になさらず」
そう言われても簡単に納得のいくものではなかったが、しかし伯爵夫妻の救出のため、特に言及はしなかった。
「伯爵夫妻は宮殿最上階のここ、伯爵の執務室にお二人揃って監禁されているようです。団長のギルベルタは常にどこかへとどまることなく移動しているそうなので、断定はできません。この印は監視を示しており、この矢印がつけられたものは巡回の道筋です」
騎馬隊員は盗賊から聞き出した内容を図面を用いて説明した。
「なるほど、案外内部はそこまで厳しくないようですな」
「ああ。しかしギルベルタが居ることも事実、彼女は一人で盗賊十数人ほどの力がある。十分警戒すべきだ」
「そうですね。では、侵入するのであれば誰が適切でしょうか?」
周囲の人間は互いに顔を見合い、誰が適しているだろうかと考える。
「カミリアさんはどうだ?」
冒険者の一人が言った。
「わたしたちですか……。戦闘の経験はありますが潜入をした試しがないので、うまく行く保証はできません」
「それは当然だ。今回の救出は誰がやっても失敗の恐れがある。だからこそ、一番成功する可能性が高い人物を選びたい。あなた方に任せても良いか?」
ブルーノは少女たちに任せて良いと考えている。
「……本当に私たちで問題ありませんか?」
一方の少女には自信がなかった。
「私はあの商人の方の救助を見ていた。だからこそあなた方なら成し遂げてくれると確信している」
「確かにそれもあるな」
「俺も異論はない。一番階級の高い冒険者に任せておかねぇと、失敗した時あいつじゃなければって言われそうだしな」
冒険者の一人はかなり正直な意見を述べた。
「わかりました、私たちがやります。ただ一応、必要な時には周りで騒ぎを起こしてくれますか? もし侵入中に気づかれたら合図を出すので、外から気を引いて下さい」
「了解した。では必要なら門番と軽く戦闘して、そのまま撤退するとしよう」
「お願いします」
「では、救出作戦の侵入経路を選定し……」
――入口の扉がまた、今回はかなり勢いよく、ともに大きな音を立てて開かれた。




