第八話 商人の願い
少女は騎馬隊長の隣を歩く。
向かう先は商人の男の元だが、その方向は燃えた屋敷のある場所でない。
一時的に別の場所を用意したのだろう。
「先ほどは少し手短に済ませ過ぎた。改めて礼を言う。ヴァイテンヘルム卿を救出していただき、本当に感謝する」
「いえいえ、わたしたちは一度ご馳走していただきましたから、そのお礼ということで」
「そうか。だが、これは私の借りだな。本来我々がしなければならないことを代行してくれたわけだ。今後何かあった時は頼って欲しい」
「ありがとうございます」
「とは言えまた借りを作ることになりそうだ。そういえば、貴女らは二級冒険者になったと聞いたが、本当に昇進が早いものだ。王国の冒険者協会長以来ではないか?」
「ただ運に恵まれ……失礼、戦闘する機会が多かったものですから」
初めて出会った四人のうち、二人を失ってしまった。
それだけでなく、都市内部まで攻撃を受けて同胞の冒険者たちの多くが戦死した。
運が良いとは言うのは失礼だ。
「オークがヒューエンドルフに攻めて来たという件か。あれに関しては貴女らが特に戦果を上げたと聞く。しかし一級にならなかったというのは意外だ。この前同行した冒険者たちは一級になったそうだが、はっきり言って彼らは貴女らほど強くないであろう」
「そんなことはないと思いますけど、シュテルンさん曰く三級以降は飛び級ができないらしいです」
「なるほどそういうことか。納得がいった。さて、もう見えてくるだろう……」
騎馬隊長ブルーノの案内のもと最後の角を曲がると、目の前にはそこそこ大きな建物があり、扉の上からは通りへ向かって看板が突き出ていた。
その看板に書かれてある内容から、ここが料亭であるとわかる。
彼が扉を開けると、扉の上部につけられている鈴の音が室内へと響き渡る。
「いらっしゃいませ。お待ちしておりました、どうぞこちらへ」
身なりの整った店員の男はブルーノの顔を見るとすぐに察し、後ろの少女ら二人に会釈した後店の奥へと案内する。
一階の天井からはシャンデリアが光を放ち、真っ白なテーブルクロスの敷かれた丸いテーブルがいくつもあったが、ほとんどの席が空いているようだった。
この混乱の中、落ち着いて食事できるはずがなかったのだ。この店が開いているのも奇跡と言える。
三人が連れられたのは二階の個室である。
「こちらの部屋になります」
「ありがとう、あとは大丈夫だ」
「かしこまりました、どうぞごゆっくりお過ごし下さい」
店員はまた頭を下げてから去っていった。
騎馬隊長が扉を軽く叩き、そして開けて、二人を中に入れた。彼は部屋の外で護衛にあたる。
「ようこそ来て下さった! さあさあ、お掛け下さいな」
商人の男は以前会った時と違って落ち着いておらず、勢いよく立ち上がって二人と握手をすると、自ら二人の椅子を引いた。
彼はどうしても下に出る必要があったのだ。
二人が椅子に掛け、すぐに料理が運ばれて来る。そしてようやく商人の男は話を始める。
「今回ここへ呼んだのは他でもない。お二人はもう耳にされているでしょうが、私の娘でシュヴァルテンベルク伯国の伯爵夫人、エルナ・フラム・ロイスベルガーが伯爵と共に宮殿で囚われの身となったのです」
彼は落ち着かない様子だ。
「ギルベルタ盗賊団の連中ですね」
「ええ、私の屋敷を襲ったのは揺動だったのです。後にそのまま宮殿へ向かったと聞きました。それで、お二人にどうしてもお願いしたいことがあるのです」
少し間を置く。
「私の娘、エルナをどうにか無事に助け出してくれないでしょうか。ギルベルタが危険なのは承知しております。ですから、報酬には望む額を用意いたしましょう!」
商人の男にはそこはかとない焦りが見える。少女の協力を得られなければ厳しいと考えているのだろう。
また、前回の護送でそれだけの信用を少女は得ていたのだ。
「勿論です。その依頼は同様のものをこの街の衛兵隊長さんから受けています。伯爵夫妻の救出について計画を立てているところです」
「…………カミリア殿、私の娘エルナを優先しては下さいませんか? これはその衛兵とは別の依頼としてです」
どうするべきだろうかと少女は迷う。
エルナとは話したことがあるため、助けたいという気持ちが強い。
それに対して会ったこともない伯爵については、そこまで躍起になって助けようとは思えなかった。
それでもエルナの夫であることは確かであり、失えば悲しむのは想像に難くないため共に救出するつもりだった。
「わかりました。その依頼をお受けします」
少女はそう言った。
私情であるが、損をするようなことではないし、むしろより多くの報酬が期待できる。
報酬が不確定な衛兵の依頼より、きっちりとした報酬が期待できる商人の男の依頼の方が、価値は高い。
「ほっ、本当ですか!? 感謝します、カミリア殿、クラーラ殿」
商人の男は安心したのか、また二人と握手した後、どさっと椅子に寄りかかった。
この後はヴェルナーは二人のことをしばらく煽て、仕事の契約は終わった。




