第七話 衛兵隊長の頼み
「満足のいく報酬を……約束しましょう」
シュヴァルテンベルク伯国衛兵隊長のシュテファン・ヘルマーは、かなり渋い顔でそう言った。
「あんたに払えるとは思えないが」
冷たい正論だ。
「ああ。だが後からなんとでもする。どうか助けてはもらえないだろうか」
彼とその部下たちは深々と頭を下げた。
この国は衛兵になるためのとても厳しい審査と試験を数年前に設けた。そのため彼らは言わば選ばれし者たちである。
そんな彼らが自尊心を捨てて頭を下げていると言うのだが、冒険者は判断に迷っている。
冒険者とは、自由な存在だ。
特別どこかの国にこだわる必要などなく、必要に応じて別の都市に拠点を変えることができる。わざわざこの国に居続けなければならないわけではないのだ。
ギルベルタ盗賊団の人数が多いとはいえ街全域に十分配置できるほどではない。
隙を見て脱出すれば、特に冒険者であるならば十分逃げきれるだろう。
「俺は降りる。報酬が期待出来ない仕事は受けない。夜にでも逃げさせてもらう」
当然、こう言う者がいる。
「俺は戦おう。長い間世話になった街を簡単には捨てられない」
「知り合いの冒険者の仇討ちをしたい」
しかし、こう言う者も当然存在する。
「それで、あんたはどうするんだ? あんたが動くのか動かないのかで、他の冒険者も判断を変えるぞ」
ある冒険者は少女にそう言った。
二級冒険者が味方につけば、この街においては百人力だ。この国唯一の二級冒険者は盗賊の奇襲に倒れており、この街の冒険者の中での最高戦力は少女たちであった。
少女たちが戦わないと言うのならば、厳しい戦いを強いられることになる。
少女とクラーラはこの都市に思い入れがなく、周りの冒険者たちも二人の性格などは全く把握していない。
であるからこそ、戦わずここを去ると言われても十分に納得でき、止めることはできないとわかっていた。
「わたしは……伯爵夫人とお話しする機会がありました。本当に優しい方だったと記憶しています。友人と呼んでは不敬かもしれませんけど、大切な人の危機を放ってはおけません」
その言葉を聞いた衛兵たちは安心したような表情になり、ため息をついた。
少女はどうしてそこまで精力的なのだろうといつも自身に問うているが、その答えは必ず出ない。
「なら、俺も残る」
「俺は逃げるぞ」
周囲からそう言った声が聞こえてくるが、シュテファンの表情は先ほどに比べて緩み、笑顔に変わりつつある。
賛成する声の方が多く、実に八割ほどがそうであった。
依頼を受けない冒険者たちはすぐにその場を後にした。身支度を済ませるためだ。
依頼を受けようと考えているものたちは、厳しい生活を強いられていた過去があってもこの街に愛着が湧いていたのだ。
また、最近即位した新たな伯爵の人間性や考え、行なっている善政も彼らの決定にかなり大きく関与している。
少女は直接会ったことがないため詳しく知らないが、彼がこの国の伯爵として支配するようになってから大きな改革が進んでおり、市民たちは皆今後の生活水準の向上にかなり期待していたのだ。
それは冒険者たちにとっても利益のあるもので、冒険者という不安定な職業に対しある程度の支援を約束していたと言うのもあった。
ようやく国が良くなっていくと考えていた矢先に盗賊がこの国を支配するともなれば、市民の生活が悪化するのは目に見えている。
何としてでも今の伯爵にその地位を取り戻してほしいと考えたのだ。
「この国を守るものとして、本当に感謝する。君たちの力を貸してくれ!」
「おお!!」
冒険者たち全員が自身の武器を高らかに掲げ、同時にそう言った。
十分意気投合しているようだ。
そんな時、入り口のドアが勢いよく開かれる。
「カミリア殿とクラーラ殿はおられるか?」
腰に剣を携えた筋肉質の男が現れた。
彼は辺りを見渡し、そして少女たちを見つけ、同時に目が合う。
「騎馬隊長殿! お久しぶりです」
少女は初め誰か思い出せなかったが、よく見るとわかった。
商人の男ヴェルナーの護送の際に出会った、元騎士の男ブルーノである。
「お二人がヴァイテンヘルム卿の命を救ってくれたと聞いた。本当に感謝する」
そう言って彼は少女、クラーラとそれぞれ握手し、頭を下げた。
彼は少し前まで別の仕事で出かけており、商人の屋敷にいなかったのだ。火事があったと聞き急いで駆けつけたところ、既に救出が済んでいた。
その後周囲の人々や商人の男から直接話を聞き、少女たちに感謝を言おうとやって来たのだ。
「それで、ギルベルタ盗賊団についてなのですが、エルナ様はご無事なのですか?」
「現在ご夫妻は宮殿に囚われており、我々で救出計画についてこれから話を進めようとしていたところです」
ブルーノの質問にはシュテファンが代わりに答えた。
「そうであったか。では、我々騎馬隊も力を貸すとしよう。無論報酬は不要だ。私の護衛対象の娘様とその旦那様だからな」
「それは助かります。ということは、他の隊員の方も?」
「もちろんだ。呼んでおく」
「感謝します。私も生き残りの衛兵をかき集めて来ますので、冒険者の方々は協力して下さる知り合いの方をお呼びいただけますか?」
そして一時的に話し合いは終わり、各自解散した。
「カミリア殿とクラーラ殿は私とヴァイテンヘルム卿のところへ向かっていただきたい。一つどうしてもお願いしたいことがあると」
「はい、わかりました」
そして皆が一つの目的のための準備として、一度ここを去って行くのだった。




