第四話 商人の館 その一
しばらく歩いた少女とクラーラは、初めてとなる伯国の首都を目にする。
以前訪れた伯国最北の街に比べて一段と広く、城壁もかなり高い。しかしそれでも都市ヒューエンドルフと比べれば広さ等の面で見劣りし、プルーゲル王国の国力を暗に示している。
二人は全域を囲む壁の前に到着した。
――少女はすぐに異変を感じる。
初めての訪問にも関わらず違和感を覚えたのだ。内部がやけに騒がしい。
門に立つ衛兵の数人も、門の外側ではなく内側を向いて、何が起こっているのかというような表情をしている。
少女たちが門をくぐり街へ入ると、何やら市民はどこかへ向かっているようだった。少女は目的から逸れてしまうのではないかと考えたが、何が起きているのかくらいは知っておこうと考え、行く先も知らず小走りの市民の後を追う。
街の大通りは全て石畳が敷かれており、小道に関しても舗装工事を進めているようで、道端には四角く切られた大きな石が山のように積まれていた。
数分が過ぎ、やがて大きな人だかりを見つける。
(なっ……!?)
到着した二人を待っていた光景に、少女は声が出なかった。
ぱちぱちという音を立てながら燃えているのは、とても大きな屋敷である。
「すみません、これは?」
少女はすぐさま近くにいた市民の一人に尋ねる。
「ヴァイテンヘルム様のお屋敷だが、大変なことになってるな……」
そこは例の商人のものであった。少女はその言葉を聞いた瞬間に焦りを覚え、額に汗が滴る。
そして屋敷の門の前の人混みを押しのけて進んでいく。門の正面には伯国の衛兵の姿があり、市民が勝手に立ち入らないようとどめているようだ。
「ヴァイテンヘルムさんはどちらに!」
少女は衛兵たちに尋ねた。
「まだ内部だと思われます。救出できる冒険者の方々を呼びに行かせました。火が強くて我々には入れません。あと、他にも護衛の方やメイドの方などもいらっしゃるはずです」
「私たちは冒険者です! 救出を手伝うので、中に入れてください!」
そう言って少女は冒険者バッジを取り出し、衛兵に見せる。
「二級冒険者!? よろしくお願いします。それでは」
そう言って衛兵は門を開け、二人が通過した後すぐに閉じた。
突然の見知らぬ冒険者、それも二級のバッジを付けた者が現れたとなり、野次馬たちはまたいっそう騒がしくなる。
「クラーラはここで水をかけて消火しておいてくれ! 私が連れてくる」
「はっ、はい」
少女はそう言うと、商人の男を救出すべく入り口の扉を勢いよく開ける。
その瞬間、強烈な熱風が少女を襲った。
常人であれば息さえできないほどの高温の風が吹きつけたが、少女は何事もないかのように内部へと進んでいく。
――その時、目の前に惨状を見た。
男が二人、剣を持ったまま血を流して倒れていたのだ。
かなりの筋肉質であり、剣を持っていることからヴェルナーの護衛であると推察できる。また、傷口を見るに人為的なものだとわかる。
しかし周りに人影はなく、少女が二人の手首に触れると、すでに息を引き取っていることがわかった。
少女は動揺したが、ここで引き返すわけにはいかない。何か事件が起こったのであろうが、事件の追求よりも生きているかもしれないヴェルナーやメイドたちの救出が最優先だ。
「ヴァイテンヘルムさん! いらっしゃいますか!」
少女は叫んだが、返事は聞こえて来ない。
少しの間一階の部屋を粗方見てまわるも、人の気配は一切なかった。その間少女は何度も炎をその身に浴びたが、火傷の跡は一つもない。
同様に、白い外套も無傷のままだ。
続いて二階へと続いている燃え盛る螺旋階段へ向かった。
一段目を踏んだ瞬間にそれは崩れて落ち、燃える瓦礫となる。
「うわっ」
少女は降ってきた木片をひらりと躱すと、周囲を確認する。
当然ではあるが、付近に誰もいないとわかったため、その背に炎の翼を宿し一瞬にして二階へ到達すると、翼を消してまた総当たりで部屋を開けていく。
そして、一番最後の部屋を開けた。
中にいた数人がこちらに気づく。
「お姉ちゃん!!」
この屋敷で働く幼いメイドたちであった。
また、その子たちがしゃがんで囲んでいたのはこの屋敷の主人であり、彼はうつ伏せで倒れている。
ヴェルナーの頭からは、血が滴っていた。
少女と目が合った幼いメイドたちは、突然泣き出して少女に抱きつく。
先ほどまで無言でうつむき座っていたのは、一度泣き、子供ながらにもどうしようもないことを悟って、泣き止んでいたのだろう。
まだ脱出できたわけではないが、助けがやって来たことに安堵したようだ。
「みんないる?」
「うん」
「早く逃げるよ!」
「うん!」
少女は幼いメイドたちにひどい火傷の痕を見つけたが、治療できるわけでもないため、そして火が迫ってきているために、素早い脱出へ向けて行動を開始する。
少女はメイドたちに少し離れるよう言うと、倒れている商人の男を担ぎ上げた。
息をしているかどうかも確認せずに背負うと、幼いメイドたちを連れて近くの窓へ向かった。
すると、少女は思い切り窓を蹴破った。
かなりの勢いがあったため、その枠ごと外れて下に落ちた。
「うわっ」
下の方から声が聞こえた。
少女が窓から顔を出して下を見ると、すぐそこに冒険者たちらしき姿があった。
「すみません! ご無事ですか?」
下にいた数名が少女を見つけてそう尋ねるが、返答を待たずに続ける。
「冒険者の方々ですね? 階段から戻れそうにないので、窓から行きます。受け止めてくれますか?」
「了解です!」
少女は背負っていた商人の男を降ろすと、幼いメイドたちのうちの一人を持ち上げた。
「お、お姉ちゃん……」
何をされるかわかったのだろうか、また涙が出てきつつある。
「大丈夫。下にいるお兄ちゃんたちが受け止めてくれるからね」
少女は一度強く抱きしめたあと、その子の肩の力が少し緩んだのを確認すると、小さな体を窓の外へ出した。
下にいた冒険者たちは円をつくり、受け止める体勢になる。
「行きます」
少女はそっと手を離した。
「おっとっと」
冒険者たちには慣れない作業であったようだが、何とかこなせたようだ。
「次、行きます!」
少しして、幼いメイドたち全員が救出された。




