第四〇話 都市に広がる不穏な空気
都市ヒューエンドルフは普段と比べて騒がしい。
そして皆が口々に言う、〝オーク達が攻めてくる〟と。
人々は見たこともない亜人の侵攻に怯え、今の厳しい生活がさらにひどいものになるかもしれないことを不安に思い、この期に及んでも兵の動員をしない辺境伯に対して憤りを感じていた。
この都市にオークが来るという噂を聞いて、王国の別の都市から数十人の騎士が名誉を求めてやってきていたが、騎士の強さを知る市民でさえ数百のオークに対しては無力だということを理解していた。
また、やってきた騎士たちによる都市内での物の強奪や暴力などが横行し、彼らは沢山の市民から嫌われている。
そんな自己防衛の手段を持たない一般市民たちの頼みの綱と言えば冒険者たちであり、彼らに事態をうまく収めてもらうほかないと考えていた。
そして今朝、プルーゲル王国唯一にして最強と名高い最高指導者が王都から危機に駆け付けたと聞いて、少しばかり安心していた。
市民の間で話題となっている彼は今、冒険者組合のとある一室にいる。そこは会議室で、かつて少女が商人の男と仕事の契約をするのに使った場所だ。
もちろん彼一人でそこにいるわけではなく、他には組合長のベルント・シュテルン、冒険者の少女とパウル・マイヤーの計四人が、一つのテーブルを囲んでいる。
「この度はわざわざここまで来て下さって、ありがとうございます」
組合長が最高指導者の男に感謝を示す。
それに続いて冒険者の二人も頭を下げた。
「いえいえ。仕事というのはありますが、なによりも興味深い話があるようですから。それでは改めまして、私プルーゲル王国冒険者協会の最高指導者を務めております、ハルトヴィン・エーレンフリート・フォルクマンと申します。カミリア殿、パウル・マイヤー殿、今後ともよろしくお願いいたします」
そう言って深く頭を下げた彼は、金色の長髪をオールバックにし、一束にまとめて紐でくくっている。
また、後ろに立てかけられた剣はとても大きく、持ち手部分だけで一ペース(三二センチメートル)ほどあり、刀身を合わせれば少女の背丈程はあるだろう。その剣は鞘の形状から両刃であるとわかる。
そして、こちらこそよろしくお願いしますと、少女とパウルの二人はそれぞれ返した。
「さて、早速ですがお二人に伺いたい。オークが言葉を話した、それは間違いないのですね?」
彼の問いに、二人は肯定の言葉を返す。
「実際、オークが話していた内容通りここと伯国が攻撃されたのは事実ですから、間違いはないでしょう」
ベルントがそう言った。
「あの時あれだけ私を笑っていたというのに、今回は信じるのですね。それに、らしくないですよ」
ハルトヴィンは少しにやついている。
「はあ……。あの時は全く証拠がなかっただろう? 今回は実害が出たからな」
組合長より最高指導者の方が地位は上だが、砕けた口調へと変わる。
「聞いております。伯国では城壁を突破されることなく弓兵部隊と少数の魔術師で十分に撃退できたとのことですが、まさかこの都市の門が破られるとは思ってもみませんでした」
「まあ、老朽化だろうな。最後にヴィルニラカイから攻撃されて以来、何十年か放置しているらしい。辺境伯には何度も直せ直せと言ったんだが、全く受け入れられなかった。それどころか、次やってきた時は手を出すなとも言われている。一体何を考えているんだか」
その言葉にハルトヴィンは驚く。
「ああ……お金を使いたがらない方でしたね」
「それで済む話じゃないだろう。市民の命がかかってる」
「ええ。だからこそ……」
ハルトヴィンは口ごもり、少し少女の方を見た後ベルントの方を向く。
「その件については後でいい。目先の問題をどうするかだ」
少女には何の件についてなのかわからなかった。いや、知るはずがなかった。
「そうですね。さて、オークの軍勢が集結しているというわけですが、先日約千ものオークがアルト大森林内部にて見つかりました。私は直接戦った経験がなく、指標がありませんので、何度か戦闘して退けてきたお二人に奴らの実力を教えていただきたいと考えております。マイヤー殿は特にお辛いでしょうから、無理のない範囲でお願いできますか?」
「では、わたしから。戦って分かったことですが、彼らの力の強さはかなりのものですし、棍棒で長いリーチを持っていますからかなりの強敵だと思います」
少女の何気ない言葉にハルトヴィンは耳を疑う。
「棍棒……ですか?」
「確かに出会った全てのオークが棍棒を持っていました」
パウルが補足する。
「オークが武器を使う……という話は聞いたことがありませんね。シュテルンさんは何かご存じで?」
「いや、噂にも」
「お二人が……ご存知ないのですか?」
「ええ。私が昔森で見た時には棍棒など持っておりませんでした。ですから今回、その規模のオークが皆棍棒を所持していると考えると、その戦闘力は底知れないものとなるでしょう。我々に対処できる問題なのでしょうか……」
ハルトヴィンは、彼にしては珍しく弱気な言葉を発した。
「できるできないの話ではない。騎士だけで勝てないのは市民もわかっていることだ。俺たちは必ず戦う必要がある。そのためには、まず冒険者を他の都市からも呼ぶことだろう」
「ごもっともです。それでお聞きしたいのですが、この都市の冒険者は何名ですか?」
「確か……一〇〇と少しだな」
「都市人口的には妥当な数でしょうか。ですがそれでは厳しいので、可能なら予備も用意したいです。他の街から呼びましょうか?」
「そうしたいのは山々だが、資金の問題がある。一体誰がその分を払うのかって話だ。それに辺境伯の命令でする訳じゃないんだから、後から請求して応じてくれるかは分からん」
「そうですね」
少しばかり沈黙する。
「もしもの時、死体のオークを活用するというのはどうでしょう?」
ふと少女がそう言うと、三人は注目する。
「死体……ですか?」
「はい。オークの牙は高く売れると聞きますし、他にもオークの研究をしたいと考えている人には死体をそのまま売ることができると思います。その死体を組合が回収して、誰か求めている方に売って、それで報酬を賄ってはどうでしょう? もちろん、高く買ってくれる裕福な方がいればの話ですが」
少女は自身の意見を述べた。それは商人の男ヴェルナーの依頼を受けた際、道中撃破したオークの死体から剝ぎ取った牙等は彼が買い取ってくれていたのだが、それを思い出したのだ。
「それは、冒険者の規約上厳しい気がしますね」
ハルトヴィンがそう言った。
「撃破したあとの死体に関しては、それが人間ではなく亜人や魔獣であるなら、その所有権は撃破した者に与えられます。ですから組合にはその死体をどうするかについて口を出す権限がありません。なので、組合の直接の収入にはなりかねます。私は最高指導者としての権限を使って冒険者協会から資金の援助を行いますが、それにも限界があります」
少女は冒険者になる時読んだはずの規約について失念していた。それはヴェルナーから手紙の依頼を受けた時と同じように。
「なら、少し修正しましょう」
パウルが提案する。
「残った死体を全て組合が買い上げ、そして組合がそれをどこかの裕福な方へ直接売りに行けば良いのです。実際、冒険者たちが直接売るよりは、組織で売った方が交渉はうまく行きやすいと思います。冒険者たちには、直接商人に交渉するより組合に任せた方が高い収入を得られると説得すればいいでしょう」
「なるほど。確かに俺も、昔は魔獣から剝ぎ取った品をどう売るかでかなり苦戦した覚えがある。それなら納得してくれるだろう」
ベルントはパウルの提案に賛成のようだ。
「私もそれなら問題ないと思います。もちもん、辺境伯への請求を優先的に行いますが」
「それは当然だ。じゃあ話を戻そう、何人雇えばいいと思う?」
「私は最低でも相手と同数が良いと思います」
「それは無茶だ。雇うとしても、ここの一〇〇人と、追加で五〇人が限界だろう」
「オークの半数以下での防衛ですか。ですが防衛戦である以上、数の不利でもある程度は戦えます。地形を有効に使いましょう。それに、確認されたオークの全てが戦いに出るとは限らないでしょう」
「そうだな。だが、南門の修理は終わっていないどころか、始まる気配もない。西門は大丈夫だと思うが、南を突破されたら意味がない。城壁はあってないようなものだぞ」
「一つ、案があります」
少女が言う。
「聞かせてくれ」
「オークは体が大きいので、入り組んだ道には侵入できないと思います。ですから大通りに流れ込んでくると思うので、屋根を使ったりして高所から攻撃しつつ、少数精鋭の部隊が正面から足止めするという形で戦えませんか?」
「私はいいと思います」
「オークはそんなに大きいのか……。まあ、俺も賛成だな」
そして、会議は夕方まで続いた。




