第三八話 二人の目覚めと彼らが見たもの
「パウル、大丈夫か!?」
意識を取り戻しそうな様子を見て、周りでは喜びの声が上がった。
周囲の声に少し驚き完全に目を覚ましたパウルは、ここが冒険者組合のロビーであることに気づく。
そして勢いよく起き上がると周囲を見渡し、少女やベルント、そのほか知り合いの冒険者の何人かと目が合うも、たった一言さえ発さない。
しかし、視線を少し下げるとエミーリアの姿が目に映り、本当に先ほどまで気絶していたのかというほどの勢いで素早く近づくと、かなり焦っているような表情をした。
「大丈夫かエミーリア!!」
パウルはエミーリアの体を激しくゆすり、大きな声で尋ねる。
「おい! しっかりしろ!」
パウルは必死な様子であり、周囲の人間から何があったのかという説明を求める声は、一切耳に届いていないようだ。
「エミーリア!!」
パウルの最大限の声が組合のロビーに響く。
するとエミーリアもまた、少し瞼が動く。
「ん……」
そして両手で目をこすると、ぱっと目を開いた。
「エミーリア! よかった……」
彼女の目には、パウルの涙ぐんだ表情が映る。
エミーリアは少しの間状況を理解できていないようだったが、ゆっくりと起き上がるとここが組合の建物内であることに気づき、大きく目を見開いた。
そして何かを探しているかのように素早く周囲を見渡すが、目当てのものが見つからなかったのか、とてつもなく暗い表情へと変わる。
「エミーリア、大丈夫か?」
「リーダー……二人は?」
エミーリアの声には覇気が感じられない。
「……残念だが…………」
その言葉を聞くと、エミーリアは両手で顔を覆い、俯いた。
すすり泣く声が周囲に響くとともに、指の隙間から涙がこぼれ出ていた。
「どうして……私も一緒に、一緒に……」
エミーリアは泣きじゃくる。
「お前たち…………。何があったのか、聞いてもいいか?」
組合長はパウルの肩にそっと触れてそう言った。
周りの人間もまた、心配そうに二人を見つめている。先ほどまで他人の声が全く聞こえていなかったパウルではあったが、エミーリアの目覚めに安堵したのか今回は振り向いた。
「はい。今のエミーリアには無理でしょうから、私が説明します。ですがその前に、都市へ来る途中でカミリアさんたちに会いました。そこから記憶がありませんので運んでくれたのだと思いますが、そうですよね? ありがとうございました」
「えっ、ああ、はい。聞きにくいんですけど……他のお二人はどうされましたか? 一応クラーラに探させてはいるのですが」
ほとんど見当はついている。きっと生きてはいないだろうと。それでも尋ねた。
「ありがとう。でも、無駄よ……」
やはりいまだ涙の絶えないエミーリアが、静かに呟く。
「エミーリア、無理するな――」
「いいのよ。二人はね……殺されたのよ…………」
皆薄々気が付いていた。それでも生きている可能性を信じたかった。
しかし、当事者のエミーリアがそう言ったのだ。認めざるを得ないであろう。
その場は静まり返り、空気が重い。
「今はつらいだろう、詳しい話は後に――」
「そうしたいところですが、一つ問題があります」
仲間を失い、辛いはずのパウルがやけに冷静な態度であるため皆困惑したが、その内容を聞くべく静かにする。
「問題?」
「はい。それを説明するためにも、先に何があったのか伝えます」
そうして、パウルは自身に起こったことを細かく説明していった。
要約すると、伯国へオークの攻撃に注意するよう警告した後の帰り道、森林付近にて数百体にもなるオークの群れが闊歩しており、そして隠れようとするも見つかってしまった。そして戦闘になり、フランツとフェリックスは逃げきれなかったが、パウルとエミーリアは何とか生き延びたとのことだ。
「数百体!?」
「そんな数のオークが、どうしてそこに!?」
パウルの説明を聞いて周りは騒がしくなる。
「二人が……私たちを……かばって…………」
エミーリアは小さく呟き、パウルの説明を補った。
「そうです。彼らのおかげで、私たちは何とか生き残れました。それで伺いたいのですが、カミリアさん、この都市にオークは攻めてきましたか?」
二人の精神面を心配していた少女であったが、パウルの予想外の冷静さに少し調子が狂う。それは周りも同じことだった。
「はっ、はい。予想より一日早かったですけど……」
「やはり来たのですか! なら、オークが二か所を攻撃したのは、どちらかの都市を侵攻するための調査かも知れません」
すでに騒がしかった組合のロビーではあるが、事の重大さを理解したものは少々パニック状態に陥った。
組合長も若干恐怖を覚えている顔つきだ。
「落ち着いてください!」
パウルは大きな声でそう言った。
「先に偵察するほどの頭脳を持つ相手なら、まずこちらを攻めるというのはあり得ません。私たちが訪れていた伯国のあの都市と比べてこちらの外壁はかなり強固なつくりです。ですから、こちらを選ぶ理由がないでしょう」
「パウルの言い分は分かるが、こちらが攻められないとは限らないだろう。実際にあの門が……!? そうだ、パウルたちはいなかったから知らないのか!」
「何のことですか?」
「南門がオークに突破されたことだ」
「なっ! 本当ですか!? 昔ヴィルニラカイの大攻勢を受け止めたと聞きますが……そんなにたくさんやってきたのですか?」
「いや、五体と聞いた。そうだったな?」
「はい。わたしが見たのは五体です」
「そんな……なら、もしかすると……」
「ああ。伯国ではどうなったのか知らないが、もし向こうでオークが攻撃に失敗していたなら、門を突破できたこちらへ来るかもしれない! クソッ、何度も修理しろと言ったのに辺境伯め!」
ベルントは怒りを露わにする。
「私は報告した後すぐに去ったので、伯国がどうなったか知りません。ですが、門が壊れている今を好機と考えて、すぐにやってくるかもしれません!」
「不味いな……俺は城へ伝えに行く。お前たちは――」
他の街からも出来るだけ沢山冒険者を呼んで来いと、そう言いかけた時だ。
――扉の軋む音がする。
組合の扉を、何者かが外側から開けた。
黒い外套の女が一人、両手で抱えるそれらに対し、ロビーにいた全員が戦慄する。
「カミリア様、ご命令通り二人を探してきました!」
クラーラだ。
久しぶりに主人の顔を見られたためか、嬉しそうな笑顔を浮かべている。
その場にいた人間にとっては、その笑顔がどうしようもないほどに不気味であった。
その両手には、土産と言わんばかりの見るに堪えないほど損傷して血と泥にまみれた人間の頭蓋骨があった。
本当に、本当に無残な姿だ。
皮はなく顎も外れており、ほんのわずかに残った肉片は日が過ぎたためか腐敗していた。
しかし、たった数日でここまで腐敗するとは考えづらく、顎がない理由にはならないが、皆そのようなことを考察する心の余裕などなかった。
それは、おぞましいその光景自体に恐怖を抱いたというより、何よりも、見知った人間がそんな姿になり果てていたからだった。
また、エミーリアもそれを目にしてしまっていた。
そして、その二つの頭蓋骨がかつての仲間のものだと認識した瞬間、強烈な吐き気に襲われ、すぐに決壊する。
エミーリアのその様子を見たパウルはすぐに背中をさする。彼女のように感情を強く表すことなく、またしても冷静な様子だ。
その頃、少女は立ち上がってクラーラへと近づいていた。
褒めてくれるのだろうか、そうクラーラは期待する。
しかし……。
――少女の平手が、クラーラの頬を鳴らす。
また周囲は静まり返った。
クラーラの顔は少女の暴力で右を向かされ、目を見開いて理解できないという表情をしている。
そして、少女の顔には明らかな怒りがあった。
「クラーラ! 二人がいることくらい考えたらどうだ!」
「落ち着け、カミリア君!」
そう言って組合長が二人のもとへ来ると、少女を戒める。
「君がクラーラ君か。何があったのか、教えてくれ。そしてカミリア君、まず先に彼女の話を聞こう」
クラーラの表情を見た少女は、ゆっくりとだが冷静さを取り戻す。
クラーラは尸族だ、人間の価値観は通用しない。
あまりにも人間に似た姿をしていたために、唯一クラーラの正体を知る少女がそのことを失念していた。
この衝動的な暴力行動は、今までの少女にとって経験のないことだった。何かに操られているような、強制されているような、自分ではない何かがその体と心を動かしたような気がした。怒りに燃え、手を出した。
「す、すまない……」
クラーラに謝罪の言葉を述べる。
その謝意には心がこもっておらず、口から勝手に出ただけであり、少女は自身の突発的な行動に恐怖することで精一杯だった。




