第三七話 冒険者たちの帰還 その二
数分後、少女は二人を背負っているにもかかわらずあっという間に冒険者組合へと到着すると、その扉を勢い良く開ける。
何事かとロビーにいたすべての冒険者と受付の女がそちらを見ると、久しぶりの有名人の帰還に興味を示したが、またもや切羽詰まった様子であるために皆が何事かと疑問を抱いた。
「ちょっとの間見ねぇと思ったが、あんた、何やってたんだ?」
ロビーにいた冒険者の一人が問う。
「おい、その背中の二人……。ていうか、フランツとフェリックスはどうした? それにクラーラさんも」
他の冒険者は、いつもの顔ぶれでないという違和感に気づく。
いつもならクラーラが後ろからやってくるが、今回はどうやら来ていないようだ。
周りがざわめき始める。
「とにかく、横になるところはありませんか?」
少女が尋ねると、受付の女がやって来た。
「とりあえず、こちらに」
女はロビーにある長椅子を手で差し示し、少女は背負っていた二人をそこへ寝転ばせる。
「それで、何があったんだ?」
少女自身も事の顛末については全く理解していないが、知っている限りのことを伝えようとした。
その時だ。
「おい、何かあったのか?」
組合長のベルント・シュテルンが奥の部屋から姿を現した。
「ん? あぁ……君、もしかしてカミリア君か? どうしたんだ?」
ベルントは少女を見つけると、話に聞いていた新人冒険者と一致する容姿であったため、すぐに何者か理解した。
「あなたは?」
少女は当然彼を知らない。なにせ彼は最近あまりここへ来ることがなく、別の建物で仕事をしたり、城に向かうことが多かったからだ。
「俺はベルント・シュテルン、ここの組合長だ。ん!? パウルたちに何かあったのか?」
組合長は横たわる二人の冒険者の姿に気づき、何か事件があったのだろうと悟る。
「はい。さっきまでアルト大森林の近くを仲間のクラーラと歩いてたんですけど、遠くから誰かがやってきているのを見かけて、近づいてみたらこの二人だったんです」
「容態は?」
「怪我は自分で治療したみたいです。体力が尽きたんだと思います」
「そうか……。それで、フランツとフェリックスは?」
「クラーラに探させています」
「……わかった。そういえば、君は確かパウルたちと共にヴェルナーの依頼を受けて伯国へ向かったと聞いたんだが、どうして帰りは別だったんだ?」
「ヴェルナー……ああ、ヴェルナー・フラム・ヴァイテンヘルムさんですか。いえ、依頼を終えた後シュテルンさん宛ての手紙を受け取ってからここへ向かう帰り道のことだったんですけど、オークが現れて人間を襲うかもしれないとわかったので、パウルさんたちは伯国へ報告するために別れたんです」
「人間を襲うかもしれないとわかった……か。そういえば君がオークの攻撃を予測したというのは聞いたがそれのことか?」
少女は少し口籠る。
パウルが起きて説明したなら信じられるかもしれないが、少女の口から〝オークが言った〟と伝えてそれが本当だと考えられてもらえるかは分からない。
以前冒険者たちが馬鹿にしたように、ただの嘘だと言われるかもしれない。
「オークが言ったと聞いた。それは本当か?」
すると、ベルントからその話を持ち出したため、少女はやや驚いた。
「前も聞いたが、ありえないだろ!」
そんな声が他の冒険者たちから上がる。当然のことだ。この都市いちばんの冒険者であるパウルでさえ驚いていたのだ。
しかし、組合長は何も言わずに少女の返事を待つ。
「はっ、はい。パウルさんも見ていたので、起きたら説明してくれると思います。……シュテルンさんは、オークが言葉を話すということをご存じなのですか?」
「いや、知らない。俺も、過去に似た話を聞いていなかったのなら、皆のようにあり得ないと一蹴していたかもしれん……」
ベルントの、少女の言葉に対する否定とは取れない発言にロビーの全員が注目する。
「似た話……ですか?」
「ああ。前にハルト――いや、最高指導者から聞いた話だ。彼がアルト大森林でオークとエルフの争いを調査しに行った時のことらしい。オークはずっと戦っている間雄叫びのようなものしか発さなかったんだが、エルフにとどめを刺される時、助けてくれと言ったそうだ。その話を聞いた時は笑いながらただの幻聴だろうと言ってしまったが…………こうなってはわからないな」
ベルントは自身の経験を話した。
少女はエルフとオークの争いという点がかなり気になったが、今そこについて問うべきではないだろうと考え、深掘りしないでおいた。
ロビーにいた冒険者たち、そして受付の女は、冒険者組合の長の言葉ともなると簡単に疑うことが出来なかった。
しかし、それでも全く信じられない者もいる。
「そんなこと、今まで話に上がったことだってなかったのに、誰が信じるって――」
「そもそもお前はオークを見たことがあるのか?」
組合長は少し強い口調で食い気味に問う。
「い、いや……ありません」
「そうだ。そしてこの俺だってない。最近はオークがよく森から出るようになったり、現にここへ攻めてきたりしたが、それ以前は出会うことすらなかった。かなり昔、森へ数人で調査に入って一人だけ返ってきた冒険者がオークの存在を伝えたことがあったくらいだ。あとは最高指導者もだな。とにかく、俺たちはオークのことなんてその二人の証言で聞いたことくらいしか知らない。そもそも、俺たちは世界のことをよく知らないだろう? 四〇〇年以上前の歴史と知識がないわけだからな。知らないことがいくつあってもおかしくないはずだ」
発せられたベルントの言葉に今度は皆が納得している様子であったが、少女だけは理解できないことがたくさんあった。
四〇〇年というこの世界の歴史の浅さに疑問を抱いたのだ。いや、四〇〇年前に何かがあったのかもしれない。
(そういえばパウルさんの言ってたヴラヒア世界時代って、そのくらいの時だっけ?)
少女はパウルとの会話を思い出した。
ここでは四○○年前に何があったのか、それ以前の歴史書はどこへ行ったのか、それとも書かれなかったのか、焼かれたのか、奪われたのか……。
少女の疑問は増すばかりであるが、今それについても質問している状況ではないと考え、何も言わなかった。
そして少女は組合長から質問を受ける。
「確かパウルも起きたら説明できると言っていたな。ということはパウルたちもその様子を見たんだろうが、それはどうやったんだ?」
「わたしたちが見たのは森林南部のシュヴァルテンベルク伯国領側から出てきたオーク達で、伯国最北の街を指差して明後日向かうと言っていたのを聞いたんです。その後に、〝北の部隊〟とも言っていたので、もしかするとヒューエンドルフに来るかもしれないと考えて二手に別れました。森から足音が聞こえて先に隠れたので、わたしたちの存在は気付かれませんでした」
「うむ……なら、オークは人前では話さないと考えることもできるか」
組合長の仮説に皆がなるほどと理解を示し、賛同する声が多く上がった。それなら何とか筋は通るが、しかしなぜなのかは説明できない。
少女は前代の不死鳥継承者が遺した本の情報は膨大だと考えていたが、実際のところ全てが記されているわけではないとわかった。いや、調べきれなかったのかもしれない。
そう考えたその時だった。
「んっ……んん……」
パウルが一人、目を覚ます。




