第三三話 オークの威力偵察
少女とクラーラは、悲鳴の聞こえた都市の南門へと向かっていた。
道中、二人の駆ける方向とは反対向きに走る市民の姿が多くみられ、事態は急を要するものだと認識する。そして徐々に、誰かが戦闘しているような音が聞こえ始める。
男の叫び、響く金属音、さらに聞こえる悲鳴。
やがて少女は、恐れていた光景を目にすることとなった。
そこには五体のオークがいる。
その巨体は皆手に棍棒を握り締めており、その正面には剣や杖などを持つ冒険者の姿があった。
彼らは偶然そこに居合わせていただけであり、突如現れたオークと戦わざるを得ない状況となっていたのだ。
しかし驚くべきことはそれだけでなかった。何よりも、オーク達の背後にあるはずの大きな門が、無残な姿となって横たわっていた。
オークを視認したこの都市の兵が門を閉めたにもかかわらず、突破されたのだ。
本来であれば、オークほどの力をもってしても破壊は困難を極めるはずのそれが、たった五体のオークによって灰燼と化した理由、それは辺境伯が修理を怠っていたことであるのは明らかであった。
しかし少女がその事情を知らないのは当然である。
愚かな行為であったが、城内にそれをやめさせられるような人間は一人として存在しなかった。
少女の目の前で繰り広げられている冒険者たちとオークたちの戦況は、オーク側が優勢と見える。
冒険者は二人で戦っているが、三人が倒れていることから五人組だと見受けられた。少女が加勢すると決めたのは無論冒険者たちの方である。
(明日じゃなかったのか?)
少女は一瞬そう思ったが、今は考えている時でないと、剝き出しの刀身を手に取る。
そして、冒険者たちを攻撃せんとするオーク目掛けて、高速で斬りかかっていく。
オークは少女の接近を素早く察知すると、その一撃をかたい棍棒で受け止めた。
「お仲間の救助を!」
先に戦っていた冒険者たちは見慣れない同業者の登場に少し困惑したものの、少女の言葉を聞いて我に返る。
「ありがとうございます!」
そして自身のチームの態勢を立て直すべく、戦闘から離脱して倒れた三人の治療をし始めた。
クラーラは抱きしめていた本を素早く開くと、少女へ襲い掛かる他のオークに魔法を放つ。
そして放たれた炎は、オークとすぐに衝突した。オークは一瞬痛がるそぶりを見せたが、たいして効いていないようだ。
クラーラは珍しく驚いた表情をしていたが、それでも冷静に次の魔法を放つ。
その魔法は、商人の男を護衛していた時に現れたオークへ使い、効果を示した魔法だ。
高速で直進する水流は、瞬く間に一体のオークの正面へと到達し、避ける余裕など一切与えずにその豚面を貫徹する。
突如現れて素早くオークを撃破する二人に、見ている周囲の人々は歓声を揚げた。市民のほとんどは離れて行ったが、一部は野次馬の如くその場に残って観戦しているようだ。
少女は動揺している他四体のうちの一体へと接近する。
そのオークは棍棒を振り下ろしてきたが、寸前のところで少女は横に避け、懐へもぐり込んで力いっぱい跳び上がり、その勢いのまま胸に剣を突き刺した。
心臓を貫かれたオークは突然力が抜け、ばたりと前に倒れ伏す。
少女はその肉体に押しつぶされないよう、剣を抜くと後ろへ下がり、刀身の血を払った。そしてすかさず残る三体へと向かう。
しかし、オーク達は二人に恐れを抱いたのか、背を向けると同時に壊れた門の方へ向かって一目散に走り出した。
それでも少女の足は速く、最後尾を走る一体へ接近すると、そのまま片刃の剣を一文字に振る。
そして、いとも簡単にその両足は切断された。
足を失ったオークは姿勢を崩し前へ転ぶと、切断面から血飛沫が上がり、その痛みから大きな叫び声をあげ、そして最終的には気絶する。
少女は倒れたオークに近寄ったが、その命は取らなかった。
人質として使うことでこれ以上攻めさせないようにできないかと考えたのだ。
また、他二体は既に門を潜り抜けており、撤退に成功したようである。
その二体が他のオークに、この都市を攻めれば死ぬと伝えてくれれば、オーク達が今後攻めて来ない理由の後押しになるとも考え、少女はあえて追わないことにした。
付着した血を払うとその剣を晒で包み、腰に差す。
周囲ではまた大きな歓声が揚がった。それは先ほどとは比べ物にならないほど大きく、共に拍手も送られる。
二人の戦いを見ていたのは野次馬だけでなく、逃げ遅れて建物に隠れていた者たちもいたため、窓を開けて二人を讃えていた。
ようやく治療を終えた冒険者たちは、簡単にオーク達を追いやった見慣れない二人組の方へ駆け寄って来る。
「すまない、助かったよ。ありがとう」
「見ない顔ですがどこが拠点ですか?」
「えっと、一週間前冒険者になった新人ですからご存知ないですよね。一応ここです」
「一週間前!? すごかったです。あなた方なら一級冒険者を目指せるんじゃないですか?」
そのような世辞ほどの好評価を受ける少女たちであったが、周囲の注目は移りつつあった。
遠くからこちらへ向かって来る足音がした。足音と言ってもその甲高い音は馬の蹄が石畳を蹴るものであり、五頭はいるだろう。
やがてその場にいた全員が音の源を視認する。
それは、馬にまたがる騎士たちだった。全身に甲冑を纏う彼らは、その手に長い槍を持っている。
そして冒険者たちの前へ着くと、手綱を強く引いて馬を止めた。
「貴様ら! 亜人共はどこだ!」
先頭の騎士が馬の上から大声で問う。
「オークですか? それでしたらあちらに……」
少女は振り向いて倒れたオークの方を見ると、騎士たちもそちらへ目をやる。
「なっ……貴様らが倒したのか!」
「はっ、はい。そうですけど……」
少女は騎士の高圧的な態度にやや押され気味である。
「俺たちはほとんど何もできなかったですけどね。こちらのお二方が……」
五人組の冒険者たちはおごることなく事実を伝えようとした。
しかし――。
「五月蝿い!! いいか貴様ら、次は手を出さずに放っておけ! わかったか!」
「で、ですが……」
「平民の分際で口答えするな! わかったかとだけ聞いている」
「わかりました……」
そう小さく呟くと、騎士たちは馬を反転させ、不機嫌そうに立ち去って行った。
少女はとても驚いている。商人の男の元騎士たちとは大違いだったからだ。
「なんだよあいつら、偉そうに」
五人組の冒険者の一人が小さくそう呟いた。
「お二人とも、気にしなくていいですからね。あいつらはいつもそうですから」
愚痴を言っているのは、周りの市民も同様であった。




