第三一話 オークたちの会話
「すぐに出てきちゃってよかったの?」
冒険者たち一行は商人の男との食事の後、街の冒険者組合に寄り、そして一泊した翌朝すぐにシュヴァルテンベルクからヒューエンドルフへ向けて歩き進めていた。
すでに数時間が過ぎ、時間は昼をまわっている。
エミーリアが少女にそう尋ねたのは、高額の報酬を得て生活に余裕が生まれたため少しくらい観光でもすればよかったのではないかという考えがあったためだ。
「そうしたいところでしたけど、手紙を受け取ったからには仕事中ですから、終わるまでは気を抜けそうにないんです。なくしたら責任を取れませんので」
「ふ~ん。やっぱりカミリアさんは真面目な人ね」
「そうですか?」
「もっと気楽な方がいいよ~。あなたがどこから来たのか知らないけど、見てる感じこのあたりで生活してる方がつらいこと多そうだし」
冒険者たちは歩きながら会話をしていた。
――すると、突然何かを察知し、素早く川の土手に身を隠して目の前の森に視線を送る。
クラーラは遅れて少女たちに続いた。
物音がする。それはすぐそこのアルト大森林の内側から響いてくるものだ。
「もしかして……こちら側にも!?」
パウルは声量を抑えて呟いた。
「オ……オーク!?」
他の五人も気づく。
冒険者たちは、オークの出現が森林北部の、つまりプルーゲル王国ヒューエンドルフ辺境伯領側のみもので、シュヴァルテンベルク伯国領にあたる森林南部にまで及んでいるとは考えてもみなかったのだ。
そして、オーク達の姿を直接視認する。
少し距離が離れているため気付かれてはいないが、声を発せば不味い状況だと誰もが察した。クラーラは元々あまり声を出さないため、察してはいなかったものの何も言わなかった。
出てきたのは五体のオークだ。それらは各々同じ大きさの棍棒を握り締めており、どうやら一方向を見つめているようだった。
その先とは、少女たちが訪れていた伯国最北の街がある方だ。
「見えないぞ」
――オークの一体がそう呟いた。
そのことに対し、冒険者の内の四人は心の底から大きく動揺する。
「オークが……しゃべっただと……!?」
パウルは小さく驚愕の声を発した。
四人の表情はかなり驚いた様子だったが、少女はそれほどでないもののわずかに驚いている。クラーラはやはり無関心といった様子だ。
オークが言葉を解するということ、それはオークとがいったいどのような存在であるのかさえ知っていれば、全く驚くべきことではない。
しかし、大昔の歴史のほとんどを知らないこのあたりの国々に住む人々にとっては、そんなことなど知る由もなかった。
一応亜人種という括りではあったが、魔獣と同じような存在だと考える人間が圧倒的に多かった。
それは冒険者も例外でない。
このような状況になっているのは、オークは人間の前で決して声を発することがなく、また基本的に森の中を生息圏とするため、聞こうとするなら森の内部へ立ち入る必要がある。しかしそうすれば勿論、縄張りを侵されたオーク達が咆哮と共に襲い掛かってくる。
こういった理由があったため、人々は事実を知る機会がなかったのだ。
「ここをまっすぐ進んでいった先にあるはずだ」
別のオークが告げる。
「明後日か……北の方の部隊もうまくやってくれるといいんだが」
「そうだな。人間には悪いが、俺たちにも生活がかかってるんだ」
その何気ない一言に、冒険者たちは嫌な予感がした。
人間、見つめる先、北の部隊。
(……もしかして、街を……人々を攻撃する気か!?)
冒険者たちは皆ほぼ同時に悟った。
皆今すぐにでも動き出したかった。しかし、オーク達がすぐそこにいるため身動きが取れない。不要な戦闘は避けたかった。
そしてしばらくするとオーク達は森へ戻り、その足音は遠く聞こえなくなっていく。
「オークが言葉を!?」
「聞いたこともねぇぞ……」
こちらの声が聴こないであろうほど、森の奥深くまでオークが離れて行ったところで、冒険者たちはようやくはっきりと声を出した。
「オークって、亜人とは聞いていたけどちゃんと言葉も話すんだ……」
「ええ、私も知りませんでした」
エミーリアとフランツも続く。
しかし、少女は彼らの言葉に疑問を持った。
オークが話すのは知っている。それは前代の不死鳥が残した書物に書いてあった。先ほど少女が少し驚いたのは初めて声を聞いたからであり、人と姿形のかけ離れた存在が声を発するということに強烈な違和感を覚えたからだ。
しかし、冒険者たちがそもそも言葉を話すということ自体に対して驚いているのが、どうも気になって仕方がない。
「オークが話す……ですか」
「カミリアさんも知らないわよね」
「えっ、ええ。聞いたことも……」
少女は適当に誤魔化した。
「それよりもオークたちの言葉、人間を襲うということか?」
「その可能性は十分にあるだろう。それに、北の部隊とも言っていた……」
そう言ったパウルは少しの間考え事をする。
「……カミリアさんとクラーラさん、不確定なことなのはわかっていますが、一つお願いがあります。ヴァイテンヘルムさんの手紙を届けるついでに、組合へこの件について知らせてください。私たちは伯国に戻ってこの事態を伝えます」
パウルは真剣な面持ちで少女たちに頼む。
「わかりました。お任せください」
少女に断る理由はなかった。
「伝えた後はすぐに戻ります。またヒューエンドルフでお会いしましょう」
「ええ。お気をつけて」
「二人もね」
そして六人は二手に別れ、それぞれが南北へ駆け出した。
少女たちは北へ猛スピードで〝駆けて〟いったのだ。
そう、人前では使わないと決めた、自身の不死鳥の能力を忘れていたためであった。




