第二四話 都市の夜道
「真っ暗だな……」
「灯りをつけましょうか?」
「魔法か?」
クラーラは頷く。
「頼む」
「はい」
クラーラは抱きしめていた本を目の前で浮かすと、それは自然にページが捲られていき、迷うことなく目的のページが開かれた。
すると、そのページに描かれた魔法陣が光る。そして全く同じ魔法陣が、クラーラの正面に赤い光を放ちながら現れた。その中央には大きな火属性を示す三角形の印がある。
そして、強い光を放つ火の玉が正面に出現する。続いてそれはクラーラの頭上へ上昇し、滞空した。
少女たちは今、都市ヒューエンドルフ内を散策していた。特に行く宛てなどがあるわけではない。睡眠不要の少女たちにとって夜は暇なものだった。少女は眠ることが出来るが、クラーラは不可能なようだ。クラーラを置いて一人で寝るのはかわいそうだと考え、二人で出かけることにした。
少女が今回光を灯すよう求めたのは、もちろん暗さで前が見えないからではない。実際二人とも異常に夜目が効く。防犯が目的であったのだ。
明るくしておけば犯罪に遭いにくいだろうと考えた。
都市に街灯は存在せず、夜は足元さえ見えないほどの深い闇に包まれている。
「なあクラーラ、どこか行きたい場所とかあるか?」
「いえ、ありません。カミリア様は?」
「ん~そうだな……。夜の海でも見に行くか?」
「わかりました。どこにでもついていきます」
クラーラは少女へ笑顔を送る。それは少女以外の存在には決して見せないものだった。
(嘘でも少しくらい愛想を振りまいてくれればな……)
そしてふたりは都市内部の様子をじっくりと観察しながら海のある港の方へと向かう。
その時だった。
少女たちの行く手に一人の男が現れる。坊主頭の荒くれ者、今朝一触即発の状況になったあの男だった。腰には短剣を携えている。
それだけではない。後方からも足音が聞こえた。少女たちは振り返ると、そこにもまた荒くれ者の仲間二人がいる。一人は木の杖を、もう一人は片手剣を持っていた。
「夜中に出歩くとは用心がなってないなあ、嬢ちゃん。今朝の虎も引き連れずによ」
坊主頭の男があまり大きくない声でそう言った。騒ぎにはしたくないのだろう。
少女は戦いが避けられないと悟る。
(不死鳥の力は……いや、こんなところで……)
そう考えていると、後ろにいる二人の男の一人が手に持つ杖の先を僅かに光らせた。すると、クラーラの頭上にあった火の玉が消失する。
周囲はまた闇に包まれた。
そして、少女は正面から近づく足音を捉える。
――その瞬間、金属どうしの激しくぶつかり合う音が響く。
少女の目の前で火花が散った。
「なっ!? どうやって防いだ!」
「おい! 魔法の範囲は間違えてねぇだろうな?」
「この女、何が見えてるんだ?」
少女は男の攻撃を防いだのだ。素早く剝き出しの刀身を取り出し、目でしっかりと見て受け止めていた。
男たちの目には片刃の剣を構える少女が映る。クラーラと背中合わせになっているようだ。少女が丸坊主の男の方を向き、クラーラが後ろ二人の方を向いている。
男たちは魔法によって夜目を効かせていた。しかしながら、それは少女たちに対して有利になれるものではない。もちろん彼らがそれを知るはずもないのだが。
「いつの間に!?」
「そんなことはいい。生きたまま捕まえるつもりだったが……ここで殺させてもらう。おい、魔法でやれ!」
「おう!」
すると、魔法使いの男はある品を取り出す。それは木製の小さな筒状のもので、側面にはノミで掘ったような装飾が施されている。
彼がそれをクラーラに向けると、なんとその筒から突如として雷が飛び出た。そして、尋常でない速さで二人へと直進する。
しかし、男が魔法を使うとほぼ同時に、クラーラは目的のページを開き、魔法を使用していた。彼女の前方の少し上あたりに、青い魔法陣が水平に生じ、そこには水属性を示す逆三角形の印がある。そこから水流が下に向かって吹き出し、水の窓掛けをつくる。
雷は水流に阻まれてクラーラには到達しなかった。
――その瞬間、その水流から一本の鋭い氷の槍が現れる。
それは一瞬にして魔法使いの男へ直進し、驚きによって開かれた口へ入って行き、喉を突き破って頸から先が血に塗れて出現した。
クラーラが別の魔法を使用したのであった。
その証拠に、彼女の胸元には青い魔法陣があった。
男は即死し、うつ伏せに倒れる。それによって氷の槍はより深く刺さり、頸から突き出た部分は長くなった。
「何!? お前……くそっ! おい、行くぞ!!」
男の掛け声とともに、少女らを挟む形で陣取る男たちは同時に切りかかる。
「クラーラ、あいつらが近づいたら離れてくれるか?」
「は、はい」
少女は小声で言う。
しかしながら、二人を相手に勝てるという自信はなかった。不死鳥の力を使えば勝てるであろうと踏んでいるが、相手が剣で勝負を挑んでくるのならこちらも剣で戦う絶好の機会だと考えたのだ。無論斬られれば痛みを感じるが、死にはしない。
この都市の人間はどの程度の剣術を使えるのか、そして自身はそれに打ち勝つだけの実力があるのか、早い内に知りたかった。
通用するなら、不死鳥の後継者であることを隠し通せるかもしれない。
男たちの凶刃が迫る。
剣を振り下ろし始めるくらいで、クラーラは言われた通り横にひらりと避けた。
そして少女は、正面の敵に向かって思い切り踏み出す。
男の剣が目前に迫った。
――血飛沫が舞う。
少女は機敏に動き、剣を振り下ろそうとしている男の腕を切り落とした。
そしてまた素早く反転し――。
少女の背に激しい痛みが走る。背後の剣を避けきれず、背中を斬られたのだ。
しかし少女はそれでも振り返り、振り向きざまに剣を横に振った。
――さらに血が飛び散る。
男は少女の背を切ったために剣が下を向いていた。つまり首元が空いていたのだ。男の首はいとも簡単に飛ばされる。
そして崩れ落ちた。先に切り落とされた丸坊主の男の腕も、同時に転がった。
惨状を目にした男は極限の恐怖に襲われる。
「うっ、腕がっ……うわああ!!」
男は悶え苦しみ発狂する。
膝を地面について蹲る彼に切先を突きつけ、冷徹な視線を少女は向けた。
「目的は何だ! 言えば殺さない」
「かっ金だ! いい服着てるもんだから金持ちだと思ったんだ。頼む、許してくれ!!」
彼は泣きながら謝罪した。
「そうか……。いい、早く帰れ」
少女が剣を下ろすと、彼は本能に身を任せて逃げ出す。
「殺しますか?」
クラーラの冷酷な声が小さく響く。
「…………いや、必要ない」
「そうですか」
周囲に静けさが戻った。
少女の背の傷からは、血ではなく炎が緩やかに噴き出ている。しばらくして消えると、傷口だけでなくその白い外套も修復された。
(誰にも見られてなかったけど……無茶はよくないな。次があれば気づかれるかも……)
「今晩はもう帰ろうか。また襲われるかもしれないし」
「人間相手なら問題ないと思いますけど……。カミリア様がそうおっしゃるのなら、従います」
二人はその惨状を放置したまま、宿へと戻るのであった。
少女が人の死に恐怖を抱かず、死体を冷静に見つめられたのもまた、少女の生まれ育ちに起因するのだろう。




