第二三話 初めての依頼
昼食を終えて冒険者組合へ戻ってきた六人は、入るや否やすぐに階段を上って二階にある一室へと向かう。そして目的の部屋の扉の正面には、依頼主の護衛らしき人物が立っていた。
その人物が六人を見ると、どうぞこちらへと言って彼らを部屋へ招き入れる。
部屋の内装はやはり質素なものであった。そしてそこには、この場所に不釣り合いな人物が一人座っている。
「お待ちしておりました。マイヤーさん方、そして確か……カミリアさん、でしたね?」
かなり高価そうな貴金属の指輪などの装飾品を沢山身につけた肥満体系の男が、六人の顔を一人ずつ見てそう言った。豊満な顔に顎髭はないが、口髭は細く伸ばされている。
「ご無沙汰しております、ヴァイテンヘルム殿」
「お初にお目にかかります、ヴァイテンヘルム殿」
パウルの挨拶の後、少女も続く。そして深く礼をした。
少女は食事の後、ここまでの道中にパウルから今回の依頼主について伺っていた。だからこそ、しっかりと敬意を示さなければならないことを理解していた。なにせ相手はこの王国の元侯爵だからだ。
〝元〟であり、かつ領地を持っているわけでもないが、財産の規模等からその権威は依然として大きい。
「どうぞ、お掛け下さい」
脂肪で袖をはち切れんばかりに引き伸ばしている手で、冒険者たちへ椅子に掛けるよう示した。そして六人はそこに座る。商人の男は腹も脂肪でいっぱいのため、座るにはテーブルから少し距離を置く必要があり、そのせいで冒険者たちは商人の男が少し遠く感じた。
「一年程前でしたかね? あなた方の腕は信用しております。是非、今回も依頼させていただきたい」
「指名でのご依頼、ありがとうございます」
パウルは深々と頭を下げた。
「そして……」
商人の男は少女らの方を向いた。
「カミリア殿、先に尋ねたいのですが、お隣の方は?」
「こちらはクラーラ、わたしの旅仲間です」
「そうでしたか。では、お二人とも初めまして。わたくし商いを生業としております、ヴェルナー・フラム・ヴァイテンヘルムと申します」
体の大きな男は深々と頭を下げ、それと同時に少女も深く礼をする。クラーラが頭を下げていないことに気づいた少女は、手を後ろに伸ばして力ずくで頭を下げさせた。
「甥から聞きましたよ、貴女がかの強大な尸族を打ち破ったとか」
「ええ、ですが証拠がありませんので」
「はっはっは、そういいなさるな。今回の仕事ではよろしくお願いしたい」
「ありがたい話ではあるのですが、よろしいのでしょうか? わたしたちはまだ六級です」
「初めは断るつもりでいましたよ。それは階級の問題ではなく、見知らぬ人に任せたくない仕事ですからね。ですが……失礼な言い方にはなりますが、見たところあなたはそこいらの人間に見えません」
商人の男は、会ってすぐの女にはっきりとそう言った。
「どことなく品を感じる。どこかのお嬢さんですかな?」
その質問に少女は少し体をびくりと震わせた。冒険者四人組、特にエミーリアは驚いたような顔で商人の男と少女を交互に見た。
「いえ、そんな大層な身分では……」
少女は少し動揺したようにそう答えた。
「うーん……そうですか。まあいいでしょう」
商人として、目の前の人物が裕福な家の出身であるならば、良い商売相手になるかもしれないと考えたのだ。しかし今すべき話ではないため、ヴェルナーはそれ以上追求せず、真剣な表情へと変える。
「さて、甥からどこまで聞かれたのか存じませんので、初めから。今回はある品の輸送の道中、魔獣や、特に尸族から荷物を守ってほしいのです。最近多発していますからね。盗賊などに関しては今回私の騎士を連れていきますので彼らにお任せください。それと、普段私は同行しないのですが、今回はモノがモノなので一緒に行きます。場所はここヒューエンドルフから南のシュヴァルテンベルク伯国の最北の街まで、出発は明日か、遅くとも明後日です。それに関してはあなた方の都合で構いません」
「お仕事に差し支えないのですか?」
商人の男は話を続けようとしていたが、パウルが遮った。商人にとって時間とは本当に大切なもの。とくに今回の依頼主のような大商人となると、数日のズレで大きな損害を被るかもしれない上、空いた時間に他の仕事だってできる。
それなのにこちらに任せると言ってきたことに疑問を持ったのだった。
「問題ありません。実は今回、ただの趣味なんですよ。私が個人的に欲しいと思っていたものを屋敷まで送るだけですからね。屋敷と言っても私が所有しているものではなく、一時的に借りているところでして、一旦そこに運ぼうと考えているのです。後日、伯国の首都にある私の屋敷まで運ぶつもりです。そこは魔獣等が出ませんので、冒険者の方を雇うつもりはありません」
「わかりました。では一応、何を輸送するかだけ伺ってもよろしいですか? 何を守るかによって対処方法が変わってきますから」
「ええ、ごもっともですな。だが……いえ、あなた方ならいいでしょう。数年前に行われた、錬金術師の大実験を覚えていらっしゃいますか?」
パウルを中心に冒険者たち四人は静かにうなずいた。また、少女は以前パウルが語ってくれた話を思い出し、きっとその件について話しているのだろうと予想する。
「その実験を行った錬金術師の方々の遺品、つまり生前の研究資料等が流出しましてね。その一部を手に入れたのですよ。私は錬金術を使えませんが、趣味の研究室を一つ持っているので、錬金術師の部下に使わせるつもりです。そうだ、マイヤーさんも気になられる話では?」
商人の男は何も気にせずそう言った。
「ええ……そうですね」
パウルは苦笑いをしてそう答えた。やはり自身も錬金術師であることに少し抵抗があるようだ。あの事件で大勢が亡くなり、錬金術が非難されるようになったことを、パウルは気にかけている。
「気にされる必要はありません、犠牲は付き物です。それにあなたには直接関係があるわけでもないのですから。さて、話を戻させていただこうか」
商人の男がそう言うと、全員は姿勢を戻して真っ直ぐ彼を見つめた。
「研究資料ということで、ほとんど本や巻物になりますから、荷物を守るというよりそれを運ぶ馬車を守っていただくことになります。今回の輸送は馬車が三台で、一台は私と今回の荷物、一台は食料や他の商品などを運びます。あなた方の食事もこちらで用意しますのでご安心を。とは言っても、大層なものは出せませんが。そして最後の一台はあなた方に乗っていただく」
「よろしいのですか?」
「今回は出来る限り素早く運びたいと考えております。盗まれたくはないですからね。距離に関してはほとんど起伏のないところを通って大体三五リューガ(八四キロメートル)です。無理をすれば二日でも行けますが、今回は三日かけたいと考えております。最後に大切な報酬についてですが……一人当たり金貨……もちろん小さい方で三〇枚。道中魔獣や尸族などに遭遇し、撃退すれば追加報酬を出します。いかがかな?」
冒険者ら四人は驚いたような表情をしていたが、少女にはそれがどれほどのものなのかさっぱりわからなかった。
「かなり弾んでくださるのですね」
「ええ、それだけ大切ということです。わかってくださいましたかな?」
パウルは横に座っている仲間三人を見た。そして全員が承諾する。
続いて少女の方をパウルと商人の男の二人が見た。結局よくわからなかったが、パウルらが受け入れているところを見て承諾することにした。一応クラーラの様子を窺ったが、あまり話を聞いていなかった様子である。
「私たちは明日には出発できます。カミリアさん方は大丈夫ですか?」
「わたしたちも大丈夫です」
「助かります。では明日、城壁を出てすぐのところでお待ちしております」
そうして、短い話し合いが終わる。




