第二二話 都市での食事
少女とクラーラは、冒険者四人組に連れられて都市内をまた歩いていた。
昼過ぎに約束ができたため、それまでに昼食を取ろうと言う算段だ。
パウルは行きつけの店があるといい、案内する。
無論少女にとっては道中も知らないことが沢山あるためその都度質問し、ほとんどエミーリアが答えた。
しばらくして、目的地に到着する。
「ここが私たちのいつもの店です」
パウルが指差す先には一軒の建物があった。それは他の建物と似た構造であるが、正面の扉の上には看板が道の方へと突き出ていた。その看板にはナイフとフォークの意匠が凝らされており、それだけでも十分ここが食事処であるとわかる。
パウルが扉を開けて中に入ると、チームの他三人も続いた。少女とクラーラも後を追う。
六人は窓際の大きな長方形のテーブルの席に案内され、窓側にエミーリア、少女、クラーラが。反対側にパウル、フランツ、フェリックスが座る。
少しして、店員がメニューの書かれた紙を持ってきた。
「おすすめとかありますか?」
よく知らない店で適当に選んで、悪い印象を持ちたくないという考えだった。
メニューには全く聞いたこともないような特別な名前の食材が使われているものは存在しなかったが、かと言って想像通りの味が提供されるとは限らない。
「私はニシンがいいと思う。酢漬けにしたやつね。あんまり頼む人はいないけど、ヒューエンドルフはすぐそこに海があるから、魚介はどれも新鮮よ」
エミーリアは自身の好みの料理をすすめる。元々プルーゲル王国とその周辺の国家が存在するアルトラント地方には魚食の文化が薄く、専ら肉料理を食す傾向にあった。
「俺は王道のプルーゲラー・クロプセだな。カミリアさんが別の国から来たってんなら、この国の伝統料理を食べて行きなよ。みんな知ってる肉団子だ。まあでも、使ってる香草がロベリス・ダ・トゥルシアーナ地方からの輸入品だから、ちょっと値が張るけどね」
フェリックスがすすめたのは、プルーゲル王国の伝統的な肉団子料理だ。また、ロベリス・ダ・トゥルシアーナ地方とは、ここアルトラント地方の南にある地域のことである。
少女はどちらにしようかと悩む。
「どっちも気になりますけど……今回はフェリックスさんの方で。ニシンは次の機会に」
少女が選んだのは後者だった。特に理由はなく、ただの気分だ。そして店員を呼び、それぞれが注文を告げる。クラーラも少女と同じものを選んだ。
待ち時間は他愛のない話が続き、少女は少しずつこの世界の知識を蓄えていった。
しばらくして、料理が運ばれてくる。少女の目の前に置かれた皿には、プルーゲラー・クロプセという名の料理が盛られていた。
少女は目を輝かせる。
肉団子の材料は、牛と豚の合い挽き肉がほとんどの割合を占め、その他にはニシンのすり身や玉ねぎ、黒パン、卵が含まれている。それらをこねて丸く成形した後、塩茹でする。
しかし、ただ茹でたものがそのまま提供されるわけではない。その肉団子は白っぽい色のとろみのあるソースがかけられることによって、より料理としての完成度を高めている。
ソースは茹で汁に小麦粉と卵、バター、ヨーグルト、月桂樹の葉を加えて少しの間煮詰めたものだ。
また、肉団子の隣には塩茹でした後潰して牛乳とバターを少量加えたじゃがいもが添えられている。
これらが一つの皿に乗ることによって、伝統あるプルーゲラー・クロプセが成立するのだ。
全員の元にそれぞれの料理が運ばれて来ると、皆一斉に食べ始めた。
少女は肉団子を一つスプーンで掬い、口へ運ぶ。
「…………」
(ん? 美味しい……。美味しいは美味しいけど……なんだ? 何かが足りないような……)
少女は咀嚼しつつそう感じた。
「カミリアさん、美味しい?」
エミーリアはニシンの酢漬けを食べつつ、少女に尋ねる。
「はい。美味しいです」
少女は飲み込んでからそう言ったが、内心味に物足りなさを感じていた。
贅沢を言うような場でないのはわかっている。食事にありつけない人は沢山見てきた。
しかし料理として味を評価するのなら、確かに今朝食べた干し肉に比べると味は格段に上であるが、やはりどうしても物足りなさを感じる。
(月桂樹の葉が良い香りを出しているのはわかる。塩気は少し強いけど十分美味しい。だけど何かが……そうか!)
「これ、胡椒は入っていないんですか?」
少女は遂に違和感の原因を見つけた。少女の知る世界において、肉料理には胡椒が当然のように使われていた。だからこそ、強烈や違和感を覚えつつもすぐに見つけられなかった。
「胡椒? ……ああ、本で見たことがあるわね」
「確か四〇〇年ほど前に一世を風靡した香辛料でしたか? 流石に入っていませんよ」
「胡椒って何ですか?」
「俺も知らねえな」
エミーリアとパウルは知っていたようだが、フランツとフェリックスは聞いたこともないようだった。
「胡椒は南の海を越えた先にある南大陸に今もあると言われる香辛料だよ。ヴラヒア世界時代にヴラヒア王国がこの大陸に持ってきたらしいけど、高価だから市場には出回らないそうだ」
フランツとフェリックスはふうんと返す。
「じゃあ、今はないの?」
「この大陸では栽培できなかったそうだよ。それでヴラヒア王国による支配が終わって、一時期胡椒が運ばれて来ることはなくなったらしいんだけど、今は南方諸国が交易をしてるみたいだ」
「ヴラヒア王国ですか?」
少女はパウルに質問する。
「南東の遠いところにあると言われる、龍の国です。国土は全て大きな壁で囲われていて、広い草原と沼地があるそうです。四〇〇年ほど前に全世界を支配したんですけど、反逆か何かで衰退したと聞きます。ですから、没落王国と呼ばれることもあります」
「龍……がその国を治めていると?」
「そう言われています。ですが長い間他国との交流がほとんどないそうで、実際のところはわかりません。胡椒だけじゃなくてじゃがいもも、ヴラヒア王国が別の大陸から持ち込んだそうです」
少女は龍がどのような存在であるのか、前代の不死鳥が残した本から知識を得ていた。
しかし、言葉を介すなどとは一言も書かれていなかったため、そのような存在が国を支配できるとは思えなかった。
少女は龍なる生物が一体どのようにして国を治めているのか知りたかったが、あまり質問ばかりしていても話の腰を折りかねないと考え、今回深く尋ねなかった。
また、少女のかつて生活していた国では龍が邪悪なものとして伝えられていたため、あまり良い気はしなかった。
「いつか行ってみたいものですね」
少女は何となく呟いた。
「ふふっ。旅人らしいわね」
そして、次の肉団子を掬う。




