第一九話 都市ヒューエンドルフへ
少女、クラーラ、そして冒険者四人組は、朝食として塩辛い干し肉を食べ終えると野営地を後にし、北にあるという都市ヒューエンドルフへ向かうためざわめく森を背にし歩を進めていった。
小さな雲がふわふわと漂う青空の下を歩くことは少女にとって新鮮で、本当に懐かしく感じられた。長い地下での生活を強要されていた慣れていた少女にとって、この開放的な景色は本当に新鮮であった。
川の澄んだ水の美しさとせせらぎ、朝のひんやりとした風に乗ってやって来る原野の青々とした草木の香りには、やはりその場でなければ感じられない風情がある。
ここへ来る前に一度経由した謎の狭い空間も美しい草原を有していたが、そことの違いは何よりも広々としていることで、まったく窮屈に感じなかった。
長い避難所生活で慣れているとはいえ、少女にとって狭いところはいるに堪えなかったのだ。であるからこそ胸中はわくわくと高ぶっている。
聞きなれない内容ばかりではあったが、冒険者たちは笑顔で世間話らしきことをし、時々少女らに話を振った。
ここの常識をほとんど知らない状態であるため上手くは答えられなかったものの、平和な話ができていることに心底喜んだ。
「カミリアさんは、これから向かうところについてご存知なかったですよね?」
ふとパウルが尋ねた。
「はい。たしか……ヒューエンドルフでしたか?」
「ええ。ヒューエンドルフ辺境伯領、プルーゲル王国東部に位置する防衛の要所です。もちろん今から向かう都市はその一部で、辺境伯領には他の都市も含まれていますけどね」
(やっぱり聞いたこともない地名だな……)
この世界の知識が全くないため、話を合わせることと特有の固有名詞を覚えることに必死だった。
「今から行くのはマインラート・フラム・ローデンヴァルト辺境伯様がいらっしゃるヒューエンドルフ城のある都市ヒューエンドルフで、辺境伯領の中で一番大きいんだよ」
エミーリアが続く。
「王国で二番目に大きいと言われている都市でもあります」
「ヴィルニラカイ大公国からの攻撃を防ぐための都市だからな」
フランツ、そしてフェリックスが補足した。
(また別の国名だ……)
「皆さんはずっとそこにお住まいですか?」
少女は冒険者たちに問いかける。
「ええ、そこの生まれです。エミーリアは別のところからですけどね」
「エミーリアさんはどこからいらっしゃったんですか?」
少女は興味を持ったため、すかさず質問する。
「うーん……言いたくないかな。昨日は私も答えられない質問をしちゃってたみたいね、ごめんなさい」
「いえいえ」
歩き始めて一時間、それとも二時間ぐらい過ぎたころだろうか、時間を忘れて話に熱中していたが、先頭を歩いていたフェリックスが話を遮る。
「もうすぐ見えてくるぜ」
その一声に全員が話を止め、進行方向を見る。ちょうど緩やかな斜面を登っていたところであったが、これから下り坂に変わるようだ。
六人は朝日に照らされながら歩いた。
四人はいつもの光景を目にし、少女は見たこともない絶景を見る。
クラーラはぼうっと眺めていた。
ところどころ岩肌になっている長い下り坂の先には、かなり大きな城壁が見える。
二重になっており、遠く離れたここからでもはっきりわかるほど高く、いくつもの塔が付属している。中央付近には大きなヒューエンドルフ城が見える。
そしてその奥、どこまでも広がっていそうな真っ青なそれ。
――海だった。
水平線の美しさは絵画のようで、少女が言葉を失うのに十分な魅力を有していた。
少女は久しぶりの海に深く感動した。少女がかつて住んでいたところのすぐ近くには海があったが、地下壕で生活するようになって以来見る機会が一切なかった。
涙を零す。
冒険者にとってはありきたりないつもの風景に、少女は心の底から感動したのだ。
クラーラと冒険者たちは心配そうに少女を見ているが、少女は気にしなかった。
やはり広々とした美しさは、少女の心によく染みわたるものであったのだ。途轍もなく解放された気分になる。
そして、一七歳という年齢には不相応ながらも、無邪気に走り出した。これ以上ない笑みを浮かべている。
「待ってくださいっ」
冒険者らの声は、聞き届けられることなく風にかき消されていった。
クラーラも本を抱えたまま慌てて少女の後を追う。




