第一二話 尸族との戦い その二
金髪に白い外套、そして濃い緋色の瞳の少女は、冒険者を名乗る四人組と遭遇し、彼らに恩を売るという意図で戦闘を始める。そのようなことを好んでする人間ではなかったが、知らない場所では致し方ないと考えた。
少女は尸族の母に勝てるであろうと踏んでいるが、仮に勝てないのであれば上空へ飛んで逃げるつもりだ。四人に関しては自力で逃げてもらう他ない。
(あの混合獣よりは弱いはずだし、きっと勝てる)
尸族の群れが接近する。
少女は腰のベルトに差した白い包みを抜くと、その中身を取り出す。抜き身の刀身、それも柄や鞘さえないものを片手で握ると、素早く一振りしてやって来た初めの二体を両断した。
左手は本を持つために塞がっており、片手での戦闘となる。
続けて少女は剣を持つ右手の中指から小指までを器用に開いて正面に向けると、魔法陣の出現を伴わずに炎が現れる。その溶け落ちるほどの高温の火炎は、他の八体を瞬く間に焼き尽くした。その炎はあまりにも高温であったために、肉は完全に焼き尽くされて灰も残らず、骨もほとんど粉々になっている。
そして大量の尸族を産み出した大きな一体に向かって、少女は突進するように駆け出した。
目の前に着くと同時に跳びあがり、醜い尸族の脳天を片刃の剣で串刺しにする。
致死の一撃を受けた巨大な尸族は、最後の足掻きと言わんばかりに脂肪が過剰にくっついている腕を思い切り振り、顔に跳び付いた人間を叩き潰そうとするも、素早く避けられたために自身の身を余計に傷つけることとなった。
やがてその巨体は完全に動きを止め、そして膝から崩れ落ちて重い肉体が地面と激突し、ドスンという音を立てた。
その尸族には動き出す気配がない。
少女はいとも簡単に撃破したのだった。
「おっ……おぉ……」
一瞬の出来事にただ目を見開くばかりだった冒険者たちは小さく驚きの声を漏らした。
この短時間の戦闘が理解できなかったのだ。そしてしばらくの間、倒れた尸族の死体、死体の死体のようなものを観察するわけでもなく眺めていた。
少女は倒れた巨体の腹あたりから腕が出ていることに気づき、さらにそこを刺す。
完全に無力化できたことを確認した後、剣に付着した腐った血を払うと晒で巻いて腰へ差し、ゆっくりと冒険者たちの元へ歩いてきた。
「あ、あなたは一体?」
初めに我へ返ったのはフランツだった。彼の言葉を耳にし、他の冒険者たちも少しずつ正気を取り戻して行く。
「えっ……? ええっと…………」
少女は視線を逸らし、どう答えようかと考える。
「あん……あなた、冒険者……ではないのよね?」
「ああ……えっと……」
否定するわけでもなく、四人に見つめられた少女は困った顔をした。
「どこかの傭兵ですか?」
「いえ、そういうわけでは……。あ、旅人です、ただの。たまたまこのあたりを通りかかっただけでして……」
何となく思いついたことをそのまま言った。しかし、それで納得されるはずがない。
「剣と……本? しか持ってないじゃない。それに……あなたほどの実力があるなら大丈夫かもしれないけど、一人っていうのは変じゃない?」
矢継ぎ早の質問攻めに、少女はかなり混乱している。そして返答がたどたどしくなり――。
少し騒がしく話していた全員の間に、静寂が訪れる。少女以外の四人は、視線を動かすことなく大きく目を見開いた。
――寒気がする。
それは気温の低さによるものではなく、焦りともとれるものだ。
先ほどの尸族の母の比ではない、超の付くほど強烈な死の気配だった。
冒険者たちは足を振るえさせ、軽く嗚咽する。
五人の中で唯一、冷静でいられたのは少女だった。そして自身を囲んでいた冒険者たちを軽く押しのけ、そちらへ向かって駆け出した。
「や、やめろ……そっ、そっちに行くな……」
冒険者が唯一発せたのは、その本当に小さな忠告だけであった。




