足の小指にあんだけ痛覚あるの、人体構造作成にあたっての欠陥だと思う
「それでは、どうぞゆっくりしていってね…………おほん、ごゆっくり」
深く頭を下げていた文佳さんは、背中をみせてどこかへと戻っていく。
気のせいだと思うけど、なんかゆっくりしていってね、の言い方に違和感があったな。そして、文佳さん、朝ごはん食べてないんじゃないか。
加奈は鋭く息を一つ吐くと、俺の背中をバチンと叩いた。
「いたっ!?」
なんで?
「姉さん、お盆ある?」
「あるわよ~」
俺の疑問を無視して、文佳さんのために準備されていた朝食の諸々をお盆にのせていく。それを持って向かう先は、一つしかないだろう。
そして、今度は背中を肘で小突かれた。
「先から、ひどくない?」
「うるさい。 後で盛大に拗ねるから、覚悟しておけ」
「拗ねるってなんで?」
なにも答えずに、文佳さんの背中を加奈は追いかけていく。
「卓也くん~」
「あ、はい」
「プロポーズを利用する形であんなことされてなんとも言えない腹立たしさを覚えるのは当然だと思うから、加奈ちゃんにはなにもフォローしないでおくわね~」
あー。
それは、甘んじて受け入れるしかないな確かに。
「それと、卓也くんが色々知っていたことを、加奈ちゃんも既に知っていてね、それにも腹をたててるっぽいからめちゃくちゃ拗ね方がアクロバットになると思うけど、頑張ってね~」
アクロバットな拗ね方ってなんですか、怖いんですが!?
そして、色々知っていたことってつまり、仙人から俺が聞いた話のことだよね。仙人あいつ、バレないようにって言ってた癖に(※言ってない)バレてるじゃねえか。
「たいぼん~」
待って不穏な一言残して行かないでください。いや、加奈には付き添って欲しいですが。
「……俺の命。 どうなるんでしょうか?」
「卓也くん。 先達として、アドバイスを一つだけ教えてあげよう。 沙彩は、怒ると見境がなくなるんだ。 加奈ちゃんはどうなんだろうね」
倫太郎さん、それはアドバイスじゃないです。匂わせです。フラグです。
女性陣が去っていき、ダイニングには俺と厳蔵さん、倫太郎さんだけが残される。
倫太郎さんはともかく、厳蔵さんの方を向くのが怖い。だって、テーブルに指がめり込んだ状態で、無言でこっちを見据えてくる人間の感情は一つだけだろう。残念なことにその感情を抱かれることについて、身に覚えが結構ある。
「卓也君」
「すみませんでした!!!!!」
土下座ですむなら、安い。
しかし、予想に反して、厳蔵さんの言葉は、
「ありがとう」
というものだった。
予想外のあまり顔に出てしまっていたのだろう。
「当然の言葉だ。加奈の食事指導や今の同居している事情は、彼から全てを聞いて知っている。 むしろ、今回のことも含めてこちらが感謝すべきということも」
「……彼?」
一瞬誰のことかを考えて、気づく。
仙人のことだ。
加奈のことを昔から知っているということは、そりゃ厳蔵さんとも交流はあるか。
「ただ、その上で、聞かせてくれ」
ミシミシミシ、とテーブルが悲鳴をあげる。
「不純異性交遊かい?」
「極めて清純異性交遊です!!!!」
そんな言葉があるかは知らんけども。
加奈とは、諸事情あって同居は確かにしてましたが、誓ってピュアな……いやピュアではないけどプラトニックな関係性を、維持しているということだけは信じてください。我ながら嘘くさいなこれ。
◆
その日の夕食は、全員がそろって席に着くことになった。
加奈には、ずっと足の小指を結構な強さで踏まれ続けていた。拗ね方が、暴力に出すぎじゃないですか、大体俺が悪い気もしなくもないこともないけれど。