ガラス製のコップがシンクの中で割れてたんですけど、透明なのでその……見えなくて……手が…………
「そのあのふんいきというものをかんがえてほしい」
「そこは正直申し訳ないので後日やり直しします」
「あなたたち、そこじゃないと思うわよ~!」
珍しく、いや出会って間もないから実際のところはわからないんだけど、沙彩さんが語気を強める。
「そ、そうだった。 たくや、そのちゃんとがえたのか? あたまだいじょうぶか?」
「勿論」
他のことも色々考えてますが。例えば、この後に爆弾を追加するとか。
「それも違うんだけれど…………」
沙彩さんが小声で何か言った気がしたが、聞こえなかった。
「既に(俺の家族と一緒に)一つ屋根の下で暮らしてる訳だし」
ガタガタと椅子が倒れた。
ある意味当然ではあるが、混乱気味の加奈とそのご両親。加奈はともかく、厳蔵さんは怒り要素の方が大きそうだが。加奈母の方は、いまいちわからない。あと、厳蔵さんの怒りの程度はガラス製のコップをグンニャリと曲げてしまえるレベル。どんな力の加え方してるんだよ。
「そ、それはそうだが!?」
「加奈は、嫌?」
「いやなわけない、けど」
厳蔵さんの方からミシミシミシミシと音がする。テーブルに指が食い込んでるのかなあ。怒りが頂点に達してるんだろうなというのは分かる。
だけど。
「はじめまして、伊豆野さん。 昨夜は御挨拶できなくて、ごめんなさいね。 文佳と申します」
実際に動いたのは、父親ではなく母親の方だ。
「私が加奈の母親を名乗るなんてことは、おこがましいとは重々承知しております。 ですが問わせて頂きます 」
真っ直ぐとこちらを見据える目。
「佐伯の事情はご存知だと思います。 本当に、加奈と、人生を歩む、覚悟のほどは、ありますか。 私のように、ならないと誓ってくださいますか」
俺も真っ直ぐ見つめ返す。ここが正念場だ。
「文佳さんのお話は、失礼ながら人伝ではありますが事前に伺いました。幾度も、加奈さんを守られていたことも」
あなたの献身も。
膝の上で、強く握りしめられている拳に俺の掌を重ねる。
「僕には、加奈さんしかいません」
二十二年、もうすぐ二十三年、生きてきて。
ようやく出逢えた俺と同じ体質の女の子。
最初はそれだけだったけど、今はもうそれだけなんかじゃない。
「少なくとも僕には、加奈さん以外の人と、人生を歩むビジョンはありません。 どんなことがあろうとも、意地でもなんでも、加奈さんが嫌がろうとも」
「私が嫌がるようなことは、するな」
「茶々いれるのやめて」
俺も結構緊張してるんだよ。
「とにかく──最期まで一緒でいることを誓います」
未来は不確定だけど、この誓いは絶対だ。
文佳さんから、ふっと力が抜けるのがわかった。
そして。
「────よろしくお願いします」