学割証明は、複数枚前もって確保しておきましょう
お茶濁し回です。
「それで、どうするんだい?」
「伝えない、ことにしようかなと」
「ふむ、理由を尋ねても?」
仙人は首の角度を調節して、メガネのレンズに光を反射させて、キラーンってさせたのでどんな目をしているのかはわからない。とにかく、俺は続ける。
「俺より、佐伯の家の方が資源が多い」
心の支え、という意味での資源。
「ふむ……こちらでは、だめなのかね」
「侑芽や母さんもいるけど、まだ、無理だ」
関わってから、まだまだ日が浅い。
それに、聞いたところでは、加奈のお父さんとお姉さんはこっち側だし。厳密に言えば、加奈のお母さんも、悪意とかがあるわけではないんだけど。
「ふむ……一応、筋は通ってるね。 ″嫌われたくないから″という理由を言われなくてよかったよ」
「げふっ!?」
「それじゃあ、良いGWを」
「仙人はどうするの?」
「ハニーとあんなことやこんなことを」
そうかい。
◆
同級生の帰省に一緒について行く。
GWの予定を聞かれてそう答えていたら、ほぼ全員から変なやつを観察するような目で見られた。不満はあるが、気持ちは分かる。
俺だって、同じことを例えば前田あたりから言われたら、かわいそうなやつを見る目になるだろうし。
「お前、今ナチュラルに俺をちょっとディスっただろ」
「ソンナコトナイヨ」
因みにこいつ──前田は、GWの予定を聞かれて、『未来の彼女とデートする、なんならお泊まりする』とかいう訳の分からない返答をしていた。こんな発言を真顔でするやつは、かわいそうなやつを見る目になっても仕方ないと思うんだ。
「今年のGWとは、誰も定義付けてないからな」
「前田ってあれ? 子供に、『おしっこ!』って言われたら、『おしっこじゃないです』って揚げ足とるタイプの人?」
なんでそうなるんだよ、とトイレ男はアイスコーヒーをぢゅうとすすりながら反論してくる。
「でさ、前田」
「あん?」
「相手方のご両親に挨拶するときの服装って、スーツで良いのかな」
「俺に聞くな、普通の大学生がそんなもん経験してるわけないだろ。 近頃はクールビズに配慮して、アロハシャツでもオッケーらしいぞ」
「どこの文化なのそれ、つーか私服にクールビズもくそもないよ」
日本の中央省庁のうちの一つである、某省の文化だった。本当に着てる人いんの?
「それでGWは全部、帰省?」
「んー、ビミョーなところ」
加奈のご実家でお世話になるかどうかは、加奈の状態による。いざとなれば、拐ってこいと頼まれてるし。
一応加奈が、帰省する旨をお姉さんに連絡したら、防音完備の二人部屋があると言われたらしいけど。
別にそこの配慮は要らなかったかな……。
「なんでそんなこと聞いたの?」
「どっかで、BBQするかもしれないけど、お前を誘うかどうか悩んでた」
「あー……前日までにご連絡いただけましたら、検討するかもしれません」
「佐伯さん、次第ってことか」
「そうだね」
文字通り、加奈次第である。
「で、お前ら付き合ってんの?」
「付き合ってない」
「めんどくせえな」
最近、周囲に同じことを言われてキレられる。皆、カルシウムが足りてないのだろう。牛乳と煮干し、いっぱいとってほしい。
そんなこんな前田とだべっていたら、パタパタと二段飛ばしで階段を駆け上がってくる女がいた。
「加奈」
「ごめん、卓也。 待たせた」
「そんな急がなくても良かったのに」
「いや……急いでる所を見せないと教授に捕まりそうでな…………ワーキングメモリの測定実験なんて、無料でやって許されるわけないだろう…………一時間半は余裕で拘束されるんだぞ…………学生は都合の良いモルモットじゃない………………横暴だ…………」
なんか色々あったようだ。
「あー、あいつらは学生を人間として見てないですからね(※個人の感想)。 伊豆野達はここで待ち合わせしてたのか」
「うん。 学割証明取りにいかないとダメだから」
一緒に行く必要は全くないんだけど。まあ、時間も合ったし。
「リア充爆ぜろ! じゃあ、良い週末を」
シュタッと手を上げて、前田は去っていった。感情の起伏、どうなってんだ。
「人間を取り扱う学問なのに、人間扱いしてないっておかしいと思わないか、卓也」
「取りあえず、疲れてるのは分かった」
あとで、ラムネ一粒あげよう。
次回から、本当に帰省編が始まる、はず、多分。