虫を捕まえてひとつのかごに取りあえず放り込んでおくあれって、実質蠱毒なんじゃないのか
長くなりそうなので分割します
「では、加奈君が産まれた日に何が起きたかを紐解いていこうか」
仙人の指が大気をかき混ぜる。
「あの日、老害どもは加奈君を殺そうとした。その時に使ったのが 」
「狐」
「そうだ。 そこまで、加奈君は話したのか。 そして、その狐を母君に憑かせようとした」
ひとつ、疑問が浮かんだ。
「なんで直接加奈に憑かせようとしなかったの?」
「君は前まって命が狙われる恐れのある実の娘に、護りをつけないと思うかい? だが、結局老害どもの目論見は失敗に終わる」
「狐が加奈の方に」
憑いたから。
「そうだ。 佐伯の″巫女″の体質を見誤っていたんだね。 そうして、僕が狐のハジメテをいただいたわけだが」
「そこの情報は要らねえよ。 老害どもはちゃんとぶっ殺したの?」
「加奈君の、姉と父君によって死ぬよりも恐ろしい目に合わされているよ」
「よし」
因果応報。
加奈を殺そうとしたような輩にはお似合いの結末だ。
「……君、さては加奈君のこと大好きだな?」
今さら何を。
「いや、実に順調そうで何よりだ。 さて、ここまで話してようやくスタート地点に立てる」
「え、スタート地点ですらなかったの?」
結構話してた気がするんだけど。
「当然だとも。 言ってしまえば、ここまでは加奈君の記憶にない部分だからだ。 では、物心ついてからの加奈君の母君はどうなったか」
「加奈に口を利かなくて、身を護る術の習得を妨害した」
「なるほど、そう伝えたのか。 まごうことなく真実だね。 だが、ここにも加奈君と別の視点では見えてくるものが少し異なる。 時に、卓也君。 君は呪いを視たことはあるかな?」
「ある」
白い黒犬……あれ、黒い白犬だっけ。
「すごいね、一瞬で矛盾してる。 僕も是非、拝んでみたかった」
先生に頼めば多分見せてくれるよ。
「つまり、君が視たのは動物──人以外のものを用いた呪いだね。 では、呪いの仕組みは知っているかい?」
「なんか、ワンコが夢の中に出てくるとかそんなことを言ってた気がする」
いつぞや、加奈が聞いてもいないのに説明してくれた。
「呪いをワンコと呼ばれると急に可愛らしくなってしまうね……。 そんなことは置いておいて、それは呪いの最終段階、謂わば結果だ。 そこに至るまでの理屈、のようなものは知らないようだね 」
否定する理由もないのでうなずく。
「人以外のものを遣う呪いは、力技なんだ言ってしまえばだが」
「力技?」
「ああ。 虫や動物を用いて呪いを成立されるのにもっともオーソドックスなのは、彼らの同族がもつ恨みを凝縮させることだ。 具体的には、彼ら同士を殺しあいをさせて最後に残ったひとつを呪いとして遣う。 そしてその呪いで、対象になる人物の心を塗りつぶしてしまう。 そうする過程の間に、毎夜夢に出て怨みをぶつけられるということも、当然あるだろうな」
当然だけど、呪いの機序なんて初めて聞いた。それにしても。
「心」
「そうだ、心だ。 呪いには心というものが実に重要でね。 呪いによって害が出るという時は、心が呪いによって支配され、対象者の意思や判断力が剥奪されて、呪いを遣う者の意図通りにされてしまう状態だ」
少し、想像してみる。
例えば、俺に呪いがかけられたとして、毎夜怨みをぶつけられる。人の心というものは、もちろん個人差はあるが存外に脆い。ストレスをずっと耐え続けられることは、無い。正常な意思や判断力が失われることも全くもって不思議ではない。
「だが、この方法はけっして万全ではない。 力技といったとおり、呪いよりも強い者には効かないこともある。 だが人の業とは恐ろしいものでね。 そんな人間にも通用する呪いを、つくり出して──それが加奈君の母君に遣われた」