鼈甲飴、美味しいよね
『ねえ、わたしきれい?』
「いらっしゃっせー! お探しはこちらですねー!」
俺は問答無用で、鼈甲飴を投げつける。ついでに、ポマードの缶も投げた。
普通に、近づきたくないよ、怖いわ。
「おい、伊豆野。 もうちょい、タイミングを考えてから渡せ」
佐伯は、後ろから茶々を入れてくる。もうそれなら、佐伯がやってよ。俺、昨日の今日なんだよ?
「やりたいのは、山々なんだが……」
一歩踏み出す。
口裂け女が、一歩後ずさった。
「えー」
「白丸の主だからなあ」
匂いみたいなものが、あるのだろうか。
しょうがない。
何とか気合いを入れて、立ち向かう。
「いいタイミングっていつなの、」
「『わたしきれい?』にちゃんと相づちを打って、そんなことないよを繰り返して、マスクを相手が外そうかなとなったタイミングだ」
難易度高くない?
マスクを外しそうになるタイミングってどうやって分かれっていうんだよ。
「うるせー口だな、で黙らせた強者もいるにはいるが。 お前にそれをやらせるのは、酷だろう」
「具体的には?」
「壁ドンからの、口づけだな」
そいつ強者って言うより、変態だろもはや。
もし仮に、口裂け女って気づかずにそれをやってたなら、もう犯罪だよそれ。
「ちなみに、その方法なら」
「何かいいことがあるの?」
「私がショックを受けて寝込む」
何でだよ。
「怪異に欲情するやつが、身近に二人もいるなんて……」
「もう既に、一人いるのかよ!」
「え、お前まさか……」
「そっちちゃうねん」
因みに、そのひとりは地元の友人らしい。
『ねえ、わたしきれい?』
「そんなことないよ……あっ!」
『ねえ、わたしきれい?』
良かった。
気にしてないようだ。
「お前それを他の女にやるなよ」
「これ、女ってくくりでオッケーなの?」
『ねえ、わたしきれい?』
「うんきれいですよ」
『ネえ、わタし、きれい?』
「うんうんきれいだねー」
こわいよほんとに。首とかカタカタしてるんだけど。
口裂けてるだけじゃないのかよ。
「ほれ、目を離すな」
『ねえ、わたし──』
マスクに手が伸びた。
今だ!
後に佐伯は言った。
「最高の角度、最高のタイミングだった」
タイミングはともかく、角度って何のだよ。手渡すときの、手の位置か?
◆
何はともあれ、口裂け女はどこかへと去っていく。
「白丸、あとは頼んだ」
『umya』
どこからともなく、突然白丸が現れる。
そして、ごろごろと先ほどまで口裂け女が立っていた辺りを転がっている。
これが、縄張りの証明になるらしい。
「ざっくり言えば、結界だな」
「マーキングみたいな方法でやるんだ……」
呪文みたいなの唱える訳じゃないんですね。
そして、一仕事終えた白丸はまたもや突然消える。白猫はクールに立ち去るのだ。
さてと。
時計を確認すると、時刻は19時半だった。一時間ほど、あれに鼈甲飴を渡す戦いを繰り広げていたらしい。
辺りはすっかり暗い。
「佐伯、送」
「あ、お兄こんなところで……………だれ、その女?」
るよ、と提案しようとしたら絶妙なタイミングで侑芽が通りがかりやがった。
なんつーか、また微妙にけったいな問いかけを。
「伊豆野…………私という女がありながら……!」
「やめんかい」
わざとらしくもっとけったいな問いかけしてくんな。
妹だよ。