液状化現象(猫)
大学から自宅までは自転車で30分くらいかかる。ちょっと遠いけど、電車通学すると乗り継ぎの関係で余計に時間がかかるから、結果的に自転車が一番便利だ。
原チャもありなんだけど、学内移動を考えると結局ノーマルチャリに落ち着いたのだ。
で、俺が愛用しているチャリは、いわゆるシティサイクルでスポーツタイプの格好いいやつではない。あれはあれで乗りやすいんだろうけど、かごは欲しいからね。部活のある日なんか、着替えが多すぎてバッグなんか背負ってらんないし。
そんなわけで、日頃は俺のバッグを運んでくれている大事な前かごさんには今、半分液体になりつつある猫が乗っている。
『nya…………』
「白丸、マジで家くんの?」
『nyohunosu』
そんな声出るんだ……。
「そんなに、家の煮干し美味しい?」
『mya!』
「そっか……」
当たり前だ、と返事する二又の毛玉。最初に鰹節を与えたのが間違えだったと思わなくもない。いや、母さんと侑芽がチュー○とかも与えてるせいな気もするけど。
野良猫には餌を与えてはいけない。餌を与えている人間がいなくなったときに、彼らが自ら餌を捕る技術を失ってしまう可能性が高いかららしい。あと単純に、フンとか家の庭でやられたりするし。
ただ、まあ、白丸の場合、多分餌がなくとも平気で生き続けるだろうし、フンなんかもしたことがない。
第一、野良猫じゃないからな。飼い主しっかりしろよと思うけど、式神が飼う飼われるの関係性なのかは知らない。
「太ってきたら、飼い主に相談かな」
『naaaaaa』
野を越え山越え谷越えてといえば、大袈裟だけど、俺の通学路にはそれなりに坂やら段差やらがある。
しかしながら、前かごの半液状物質は声をあげることもない。ガタガタ揺れてると思うんだけど、リラックスできてるのすごいよな。これが、猫に備わった能力なのか、白丸だからなのかは分からない。
「良く寝てるし」
ピクンと耳が動いたけど、それだけだ。
これ、自転車で転んだりしたら、飛び起きるのだろうか。
◆
だんだんと大通りから離れて、住宅街に近づいてくる。街灯も、その数が減ってきて薄暗くなってくる。
そこに、それはいた。
背の高い女の人。
夜闇に負けない、真っ赤なコート。
そして、マスクをしていて。
『ねえ、私きれい?』
やばいやばいやばいやばいやばい。
『ねえ、ワタシきれい?』
「間に合ってます!」
俺は逃げた。
昔から、色々視てきたから経験から、コレはダメな存在だと直感的に分かる。
自転車のペダルを強く踏み込んで、加速。
だけど、ソレはすぐに追い付いてくる。
『ネえ、ワタしキれイ?』