プロローグ③ 大学の緩い授業の、ノートの価値は高め
場所を移して、大学近くのファミレス。
あのあと、土下座したまま動こうとしない佐伯さんをなんとか説得して、ファミレスまで移動したのだ。
「ここの代金は、私が持つからなんでも好きなものを頼んでくれ……」
「ああ、うん。なら遠慮なく」
フライドポテトに、セットでドリンクバーをつけるという贅沢をすることにした。佐伯さんも同じくドリンクバーを注文する。
俺はコーラを、佐伯さんはジャスミンティーを取って席へ座った。
佐伯さんは一口飲んで顔をしかめる。苦手な味だったらしい。
「それで、質問良い?」
「なんでも聞いてくれ。全て答える」
少しだけ俺は緊張しながら、当初の目的を果たすことにする。
「佐伯さんって、その、幽霊とかそんなやつ視える人?」
「ああ」
極めてあっさりとした返事が返ってくる。
「そっか……」
そうか。
この人が人生で初めて遭遇した、俺と同じ人なんだ。俺が視てきたものは、本当にいるものだったんだ。
ああ、良かった。
「そっちもか?」
「うん」
「ご両親や、ご兄弟は、その、視えるのか?」
「いや、俺だけだよ」
「そうか……」
ちょっと沈黙。
シュワシュワと、コーラの泡が弾ける。
「佐伯さんの所は、皆視えるの?」
「厳密には全員ではないが、うちの家系は大体そうだな」
「へー、陰陽師とかそんな家系なの?」
幽霊とか視える家系なんて聞くと、これくらいしか思い浮かばなかった。ある意味小説とかの定番職業だ。
「佐伯の家は少し違うが……まあ…………そんな所だな」
「やっぱり、あるんだね、そういうの」
散々、幽霊とかそんなやつを視てきた俺が、今さら疑うのは変な気もするけどやっぱり非日常感はある。
「じゃあ、あの猫は、式神ってやつ?」
「まあ、一応」
「チュールとかあげてんの?」
「猫じゃらしもだな」
現代の陰陽師は意外とほのぼのしてるようだ。
俺が注文したポテトが届く。佐伯さんがじっと見てたので、テーブルの真ん中まで皿をずらしてあげる。佐伯さんの目が輝いた。
うん、だんだん分かってきたけどこの人、犬感があるな。
「他に、なにかあるか?」
「あー……」
実家の差し金とか言ってた所とか、気になることはあるけど、そこにはまだ踏み込まない。それは、一回だけ一緒にファミレスに来ただけの男が知ることじゃない。
だから、質問じゃなくて。
「じゃあ、お願いでも良い?」
「ああ、どんなことでも」
どんなことでも、とかあんまり言わない方が良いんじゃないかな。
俺は、大学の同期に大事なことを頼む。
「俺と、友達になってくれませんか」
うわ、なんかこれ恥ずかしいな。
果たして、佐伯さんは俺の顔をじっと見つめてきた。
「あ、あの、なんでしょうか?」
「うん…………伊豆野君、人から変わってると言われたことはないか?」
「大学構内の猫を従えてる陰陽師さんには、言われるのは心外だなあ」
目の前の彼女は、ふわりと微笑む。少し見惚れてしまった。
「それもそうだな。よろしく頼む、伊豆野」
「うん、佐伯」
「というわけで、今日の四コマの授業の第三回のノート持ってたりしない?」
「お前……まさかそれが目的で…………?あるぞ。それなら、第七回のノートほしい」
新たな友達とのノート交換会は実に有意義だった。