楽しかった出来事を消し去るように、っていう歌詞とずっと思っていたクリスマスのあの曲
「いっせーのーで、0!」
「いっせーのーで、セメント!」
「セメントってなに?」
「え…………知らないのか?」
お姉さまこと先生は、今しばらく戻って来なさそうなので、俺と佐伯はいっせーのーで(正式名称なに?)をしていた。携帯出すのもなんか時機を逃したからねえ。
「セメント中に上がっていた指は、そのまま下ろせなくなる」
「ローカルルールかな?」
少なくとも俺の地元には、無かった。
ローカルルールを適用するか否かは、こういった手遊びをするときの至上命題かもしれないと言えば普通に過言だな。
あーだこーだローカルルールをどうするか佐伯と揉めつつ、なにも道具を使わなくて大丈夫なゲームをしていると、襖がスススと開く。先生が帰ってきたらしい。
「お待たせしちゃってごめんなさいね。お店の方が混んでいてそのお手伝いをしていたから…………あの、ところで、なんで加奈ちゃん達は、いっせーのーせっ!をやっているのかしら」
手持ち無沙汰だったからとしか、答えようがない。
◆
ふわっふわのスポンジに、季節のフルーツが散りばめられている。生クリームは、こってりした甘さだけど、不思議とくどくない。
「おいしい…………」
「あらー、ありがとう。加奈ちゃん、この子良い子ね」
「そーですね。先生、これが例のブツです」
『Wafu!』
佐伯は、バッグの中身を先生の前に滑らせる。中身は、元気に鳴いた。
「あら、可愛らしい」
「素人が、中途半端な知識で作ったようで、まだ犬の要素がかなり残ってます」
「なるほどねえ」
あー、ひょっとしてさっきの黒い犬か。なんで、白丸以外に動物を連れてるんだろと思ってたんだけど、ここに持ってくる為だったのか。
「んー、これくらいでどうかしら」
「もう少し、安くても構いませんが」
「だめよ」
先生は指を10本くらい立てていた気がするけど、一体どのお札の偉人の数なんだろうか。四桁の数字が書かれてるお札が見えたなあ。
「じゃあ、この子は預からせて貰うわ。悪いようにはならないから」
「はい、ありがとうございます」
商談は成立したようだ。俺は、ケーキを食べすぎてお腹を膨れさせただけなんだけど。
「それで、今日はデートのついでによってくれたのかしら」
「「違います」」
なぜ、ことあるごとにそういう関係だと思われるのか。
「明日からの、お手伝いの件についてです」
「あっ、そうだったわ。お店の方が忙しすぎて、こっちの仕事忘れてたわ」
まあ、ケーキ屋さんだもんな。一年で一番の繁忙期だろう。
「ごめんなさいね、放ったらかしにしてて。お名前、教えて下さる?」
先生は、俺の方に向き直った。
「伊豆野卓也です」
「伊豆野君ね…………伊豆野君には、明日明後日加奈ちゃんとホラースポット巡りをお願いしたいの」
…………なぜにホラースポット。
「お給金は、一時間これくらいで」
指3本。時給三千円か、まあまあ割が良いのかなあ。ホラースポット巡りの相場なんて考えたこともなかったが。
「伊豆野、勿論だが指1本で1万円だぞ」
「何が勿論なんだよ」
破格じゃん。胡散臭さが、半端ねえな。紹介制かつ視える人が条件なバイトの時点で今更だけど。




