ヘンゼルとグレーテル①「ちゃんと帰れるから」
立ち上がり、来店したヘンゼルとグレーテルをまじまじとマチ子が見つめる。
「わー……本当に【住人】さんです……なんだか、妹や弟が出来たみたいで、親近感がわきますね」
表情こそ自分を律して大人のように振舞っているが、心底嬉しいといった感情が声から漏れている。
「あの、烏屋さん、この人は……?」
兄のヘンゼルが戸惑った様子で真浩を見上げる。グレーテルもそれに倣って、ヘンゼルの後ろからこっそりと見上げる。輝かしいマチ子の視線は、兄妹の戸惑いなど関係なしに向け続けられていた。
「ああ、こいつは今日からここで働くことになった、マッチ売りの少女のマチ子だ」
「はいっ、マチ子です、よろしくお願いします!」
満面の笑みとはこのことだろうと、誰もが思うほどの笑顔。自分と近しい年齢の住人に出会えたことがよっぽど嬉しいのか、マチ子の声量とトーンは上がり続けていた。
「あたしも同じ【住人】なんだけど、この扱いの違いは何かしらねぇ」
どこか納得のいかない顔をしながら、アリスが遠巻きにぼやく。子どもをあやすように、真浩の手がアリスの頭に置かれる。
「そりゃあ、見た目はともかく精神年齢は半世紀くらい違うじゃねえか」
「……むぅ」
ひとしきりアリスの頭を撫でた後、真浩がヘンゼルとグレーテルの元へと歩み寄り、マチ子を半ば強引に引き剝がす。
「で、また道に迷ってるんだろ?」
「はい、そうなんです……何度来ても道が覚えられなくて……」
「まあそりゃ、数年から10年ごとに1回しか来ねえわけだしな。今回もうちが責任もって送り届けてやるよ」
振り向きもせず、そのまま外に出ようとする。それを横からマチ子が入った。
「あのっ! 私も一緒に行っていいですか? その……この街のことを知る必要があるのは、私も一緒なので……」
二つ返事で了承しようとして、一度言葉を飲み込む。真浩の目線は、隣のヘンゼルとグレーテルに向けられた。
「どうだ? ヘンゼル、グレーテル。まあこいつは珍しく騒がしくしてるが、悪い奴じゃない」
真浩の言葉に気付き、マチ子の背筋がぴんと良くなる。先程までの自分が高揚しすぎていたことを思い返し、焦り始めたらしい。
笑顔を保ちながらも、どこか不安そうに緊張するぎこちない視線が、ヘンゼルとグレーテルに向けられた。
「烏屋さんが言うなら……僕は良いけど……」
「私も……お兄ちゃんが良いなら……良いよ…‥?」
「決まりだ。良かったな、マチ子」
「ほっ……」
3人の子供を連れて、外に出る。扉を閉める前に、真浩が店の中へ振り返る。
カウンターの中でアリスが、肘をついて手を振っている。
「というわけで、留守番頼むぜアリス」
「はいはい、そんなことだろうと思ってました。早くいってきなー」
「い、行ってきます! アリスさん!」
アリスのことを今思い出したかのように、素早く振り返って深く礼をするマチ子。
苦笑しながら、アリスは冗談めかして早く行くよう催促した。