烏屋書店③「来客」
マチ子の柔和な雰囲気はあっという間に近隣の住民に受け入れられた。マチ子を囲むように、年配の男女が集まっている。
最初こそ驚いていたが、マチ子自身も話しかけられたのが嬉しかったのか、あっという間に輪に溶け込んでいた。
「なあアリス。やっぱりあいつをスカウトしたのは正解だったな」
「そうねえ。あたしがこの店に来たばかりの頃を思い出すわ。可愛い可愛いって褒められたものよ」
その輪を微笑ましく、ひとしきり眺めたところで、真浩とアリスは店内へ戻る。
自分の後ろをついてくるアリスを、真浩は一瞥する。
「……」
「ん、なあに」
「いや、可愛いって褒められたとは言うが、お前見た目変わんねえんだから可愛いまんまだろ」
【住人】が歳を取ることは無い。具現化しているとはいえ、おとぎ話の存在であり、現実の人間とは異なる存在だからだ。
アリスの見た目は、絵本と同じ少女のまま、この店に来た時のまま変わらない。
嫌味か。と真浩は続けるつもりだったが、アリスの様子がおかしい。
「……ありがと」
いつも自信ありげなアリスが珍しく、口ごもって目を泳がせた。少し朱色に染まった頬を見て、それが何を意味するか分からないほど、鈍感な真浩ではなかった。
面食らいかけたところで、先に出たのは言葉よりも笑いだった。
「……ふっ」
「あーっ、まひろ笑った!」
おそらく数十年ぶりだったであろう、純粋な乙女心は見事に砕け散った。頬を膨らませてすっかり拗ねたアリスは、真浩の身体を強引にどかし、先へ先へと店の奥に入った。そうして数歩進んだ後に、改めて不機嫌そうに振り返って真浩の顔を覗き込む。
「悪かったって。別に馬鹿にしちゃいねーよ」
真浩の笑みは、確かに馬鹿にしたような表情ではなかった。それどころか、温かさのある優しい笑顔をしている。その表情に、アリスはどこか懐かしさを覚えた。
(……やっぱ、あの人の孫なのねえ)
真浩の笑顔につられて、アリスも頬を緩ませる。先程までの不機嫌さはどこへやら。
カウンターに入り、パソコンを弄り始める。その様子を見て、アリスが上機嫌にカウンターへ腰かける。毎日のように、当たり前のようにあったはずの光景が、今日は少し特別に思えた。
しばらくして、少し息を切らしたマチ子がふらふらと店内へ戻ってくる。
「た、ただいま戻りました……」
「よう、大人気だったな」
「あんなに沢山の人に話しかけてもらえるの初めてで……嬉しかったですけど、ちょっと疲れちゃいました……」
座れる場所を求めて、半ば千鳥足のように店内を歩く。残念ながら店内に椅子を設置していなかったので、座れる場所はなかったが、
「はーい、おいでー」
カウンター奥の玄関に、アリスが膝を叩いて待ち構えていた。膝枕をしたいと言わんばかりの笑顔に、真浩もやれやれと溜息を吐いた。
もはや膝枕をされることに違和感を覚える余裕もなく、マチ子が吸い寄せられるようにアリスの膝へ寝転ぶ。
「あー……気持ちいいですー……」
「そうでしょう。この膝枕でまひろも育ったのよー」
子どもを寝かせるように、優しくマチ子の頭を撫でていく。撫でられるたびに、マチ子の体から力が抜けていくのが一目瞭然だった。
「おいアリス、今から仕事を始める人間をがっつり寝かせるなよ?」
「いいじゃないの。どうせこの店暇なんだから」
「俺は暇してねえんだがなあ......」
と、そこへ
「あの......烏屋書店は、ここだよね?」
「あら、この声は」
おずおずと、どこか控えめな声。
カウンターを挟んで真浩の正面に、若い男の子と、その手を繋いで後ろに隠れる女の子がいた。
「来たな。そろそろ来る頃だと思ってたぜ。ヘンゼルとグレーテル」
ニヤリと笑う真浩の声に、マチ子が飛び起きる。
「じ、【住人】さんですか!?」