問題1
空腹で目が覚めた。
ひどくお腹が減っている。生まれてからどれくらいの時間が経ったのだろうか。
空腹は文字通り死活問題だが、一番の問題は食事内容というか食事方法だろう。
今の俺はほぼ間違いなく生まれたばかりの赤ちゃんだろうから、その主たるご飯は母乳だろう。
一応ヤギの乳とかで育てることもできるという話を保健の授業かなんかで習った記憶があるが、そもそもこの世界にヤギはいるのだろうか。
いや根本的には哺乳類の乳であれば良いのかもしれないが。
とはいえ飲めるのであれば母乳を飲んだ方が良いはずだ。これも確か保険の授業で習ったが、栄養価が高く、免疫的な意味でも重要な役割を持つはずだ。
俺はなんでこんな事を覚えているのだろうか。どうしてこういう雑学染みた事は覚えられるのに歴史は覚えられなかったのだろうか。いや、今はこの記憶が俺の助けとなっているはずだ。前向きに考えよう。
しばらく現実逃避していたが、向き合わなければならないだろう。食事方法と。
しかし、俺はそういう趣味、性癖はないノーマルな17歳の男子高校生だ。いや、だった、というべきかもしれないが。
母さんへの罪悪感だって完全に割り切れたわけではない状況でのこれは、精神的にかなりきついものがある。
しかしこれは生きるために必要なれっきとした食事だ。
ふう。よし、覚悟を決めた。
俺は無事に食事を終えた。味はよくわからなかった。視覚や聴覚と同じように味覚もまだ未発達なのだろう。
これ、一日に何回やるのだろうか。早く慣れなければ胃にストレスで穴が開いてしまう。
喫緊の問題が解決されたことで他の事を考える余裕が生まれてきた。
(この世界の文明レベルはどれくらいなのだろうか。ネット小説にありがちなパターンだと中世のヨーロッパ位だけど、それだと非常にまずい。)
衛生の観念が甘かったこともあって、中世では新生児の生存率はかなり低かったはずである。
フィクションの世界ならばまあ良いにしても、当事者からしてみたら堪ったものではない。
(今俺にできるのは祈ることだけか。いや、この世界の神様知らないから祈ることもできないな。)
食べたら眠くなってきてしまった。赤子は寝るのが仕事という言葉もある。ここは一度寝ようと思い、俺は目を閉じた。
目が覚めた。
最悪だ。
この感覚、小学1年生以来の感覚。やってしまった。
(いや、そもそも俺は今、自力でトイレに行けない。まともな意思疎通すらままならない。という事はいずれこうなるのも必然だったのだろう。)
仕方ない。と言い聞かせても心は晴れない。今日一日、いや日付の変わり目がいつかがわからないから違うかもしれないが、短い間に人としての尊厳を多く失った気がする。
しかし、今は泣き言を言っている場合ではない。一刻も早くこの状況を打破しなければならない。悲しい事に、非力な赤ん坊では自分の下の世話をすることすらままならない。何とかして母親に気づいてもらうしかない。
俺は身をよじったり、鳴き声のようなものを駆使して、母親にアピールをした。
幸いというべきか、流石というべきか、母親はすぐに俺の異変に気が付いてくれた。
何かを言いながら俺の体を持ち上げ、胸に抱き寄せた。
(駄目だ、伝わっていない。お腹が空いたわけじゃないんだ。)
その状態でしばらくぐずっていると、気が付いてくれたのか、オムツを取り換えてくれた。
言葉を使えず、意思が通じないもどかしさを感じていた時、とある重大なことに気が付いてしまった。
そう言葉、正確に言えば言語だが、これは他者との意思疎通に欠かせない。
しかし、それにもかかわらず、この世界、というより今俺がいるこの国の言葉。それは間違いなく、俺の知らない言葉であろうという事に。