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覆水3

 夢を見た。


 見知らぬ夫婦が、彼らの赤ちゃんの誕生を喜んでいる夢だ。


 見知らぬはずなのに、なぜか、暖かさを感じる。


 この夫婦を見ていると、自然と心が安らぐ。


 ふと赤ちゃんに意識を向けると、とても奇妙な感覚に襲われた。


 その感覚について考えていると、だんだん意識が赤ちゃんに吸い込まれていき……






 目が覚めた。


 目が覚めた後、俺はしばらく呆けていた。しばらくそうした後、ある思考を何度か反芻して、結論をだした。


 今の俺は、あの見知らぬ夫婦の赤ちゃんなのではないか、という結論だ。


 あの見知らぬ夫婦を見たときに感じた暖かさは、今肌で感じている暖かさだ。あの赤ちゃんを見たときに感じたのは自分を見た時のような感覚だった。

 それに今の俺が赤ちゃんだというのならば、この体の状態にも説明がつく。


 ただこの結論は、俺にとって受け入れ難いものだった。

 なぜならば、この結論が正しいならば、恐らく元の俺は死んでいるだろう。つまり、あの時見た自分が死んでいる夢は、夢であって夢でなかったという事になる。


 吐きそうだ。


 俺は、とんだ親不孝者だ。子供に先立たれた父さんと母さんの悲しみはどれほどのものだろうか。しかも俺は病気や事故で死んだんじゃない。自分のつまらない欲求の為に死んだのだ。

 

 取返しのつかない後悔と怒りが肚の中で渦巻いている。


 どんなに後悔しても現状が変わることはない。変えたくても変えられない。父さんと母さんだけじゃない。俺は多くのものを失い、そして人に失わせた。

 友達だってそうだ。俺はあいつらに明日も遊ぼうと約束して、あの日寝たのに。


 俺はあの日常が嫌いじゃなかった。寧ろ好きだったんだ。なのに。


 あんなことするんじゃなかった。日常を捨ててでも非日常を選びたかったわけじゃない。


 誰かが俺の事を持ち上げて、何か喋っている。

 恐らく俺の、そう俺の母親だろう。赤ちゃんがぐずってたら、あやそうとするのは当たり前だ。


 ただ、今はこの、母親から感じる暖かさが、心をかき乱してくる。母さんに悲しい思いをさせた、親不孝をした俺が、今の母親から愛情を注がれている。

 自分勝手なのはわかっているけれど、とても耐えられない。


 やめてくれ、俺のことは放っておいてくれ、そう言えたらどんなに楽なことか。


 耐えきれず、俺は泣いた。泣かずにはいられなかった。

 今の母親には悪い事をした。どんなにあやしても、あやすほど泣き続けるのでは、さぞかし困っただろう。


 わかっている。父さんや母さんの事を引きずって、今の両親の愛情を邪険にすることこそ、親不孝と言えるだろう。

 ただ簡単に割り切れることじゃないんだ。


 そうしていつしか泣きつかれて、俺は眠っていた。

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